・・・ こう云って、一座を眺めながら、「何故かと申しますと、赤穂一藩に人も多い中で、御覧の通りここに居りまするものは、皆小身者ばかりでございます。もっとも最初は、奥野将監などと申す番頭も、何かと相談にのったものでございますが、中ごろから量・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・与十という男は小柄で顔色も青く、何年たっても齢をとらないで、働きも甲斐なそうに見えたが、子供の多い事だけは農場一だった。あすこの嚊は子種をよそから貰ってでもいるんだろうと農場の若い者などが寄ると戯談を言い合った。女房と言うのは体のがっしりし・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・勝つ者はすくなく、敗るる者は多い。 ここにおいて、精神界と物質界とを問わず、若き生命の活火を胸に燃した無数の風雲児は、相率いて無人の境に入り、我みずからの新らしき歴史を我みずからの力によって建設せんとする。植民的精神と新開地的趣味とは、・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・…… 遠山の桜に髣髴たる色であるから、花の盛には相違ないが、野山にも、公園にも、数の植わった邸町にも、土地一統が、桜の名所として知った場所に、その方角に当っては、一所として空に映るまで花の多い処はない。……霞の滝、かくれ沼、浮城、もの語・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・白波は永久に白波であれど、人世は永久に悲しいことが多い。 予はお光さんと接近していることにすこぶる不安を感じその翌々日の朝このなつかしい浜を去った。子どもらは九十九里七日の楽しさを忘れかねてしばしば再遊をせがんでやまない。お光さんからそ・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・と云って「自分のつみは云わないで歎くものが多いのに貴方はよくお歎になりませんネ。貴方は子のかわりのこんなつらい事にあうのではないか」といえばこの親仁は彼の出家を殺した因果話をして七年目になって月日もあしたと同じである。そのためだろうと覚悟し・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・ ほかにも芸者のはいりに来ているのは多いが、いつも目に立つのはこの女がこの男と相対してふざけたり、笑ったりしていたことである。はじめはこの男をひいきのお客ぐらいにしか僕は思っていなかったが、石鹸事件を知ったので、これは僕の恋がたきだと思・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・毎日門前に商人が店を出したというほど流行したが、実収の多いに任して栄耀に暮し、何人も妾を抱えて六十何人の児供を産ました。その何番目かの娘のおらいというは神楽坂路考といわれた評判の美人であって、妙齢になって御殿奉公から下がると降るほどの縁談が・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・それでドウも二宮金次郎先生には私は現に負うところが実に多い。二宮金次郎氏の事業はあまり日本にひろまってはおらぬ。それで彼のなした事業はことごとくこれを纏めてみましたならば、二十ヵ村か三十ヵ村の人民を救っただけに止まっていると考えます。しかし・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・しかし世の中には子供に対して責任感の薄い母も多い。が、そういう者は例外として、真に子供の為めに尽した母に対してはその子供は永久にその愛を忘れる事が出来ない。そして、子供は生長して社会に立つようになっても、母から云い含められた教訓を思えば、如・・・ 小川未明 「愛に就ての問題」
出典:青空文庫