・・・ホーマーやダンテの多弁では到底描くことのできない真実を、つば元まできり込んで、西瓜を切るごとく、大木を倒すごとき意気込みをもって摘出し描写するのである。 この幻術の秘訣はどこにあるかと言えば、それは象徴の暗示によって読者の連想の活動を刺・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・我輩とても敢て多弁を好むに非ざれども、唯徒に婦人の口を噤して能事終るとは思わず。在昔大名の奥に奉公する婦人などが、手紙も見事に書き弁舌も爽にして、然かも其起居挙動の野鄙ならざりしは人の知る所なり。参考の価ある可し。左れば今の女子を教うるに純・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・観察報告を書くとなると、彼はいわゆる作家的手腕を示す欲望にとらわれ、芥川龍之介がよく文章の中で使ったような調子までを使い、なかなか多弁に、詠嘆的に、味をたっぷりつけるのである。 目撃したK部落の窮迫の現象から、彼は、猛然と「畑へ」「種子・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・一九三五年の早春のパリ事件の本質が、フランスの人民の国を愛す心と別に五年後にフランスを敗れさせるに到った深刻な事情について、モーロアの多弁は些かも説明し得ない。終章のモラルも、ジェスチュアが目立って甘たるい。 例えば、このひろく読まれた・・・ 宮本百合子 「今日の作家と読者」
・・・しかも、理論への情熱は主観的に高揚されて、謂わば各人各様の説を感想として主張し、そのことに於て日本のヒューマニズムの問題のおかれている多難性と、思想の多弁と浮動の激しさとを感じさせた。文化の代表者たちの上に見られたこの現象は、方向を求めつつ・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・社会と個人の対決という、流行の窒息的な固定観念について多弁であることでもなくて、さながら一個の部分品であるかのように扱われているわれわれの人間的存在に関する、社会の前後左右の繋り、上下の繋りを、歴史の流れにおいて把握し、描き出してゆく能力の・・・ 宮本百合子 「「下じき」の問題」
・・・『近代文学』のある人々の小市民的な弱点に対して新日本文学会内の小市民的弱さ、局部性、多弁が強く現れた。一時的にせよこの状態が民主主義文学運動を総体的に前進させることをおくらした。狂わせた。「無意識にもせよ、素朴で生活的な勤労者的なもの」への・・・ 宮本百合子 「その柵は必要か」
・・・その男が多弁に「民主的」に、権力を非難し野蛮なる法律を攻撃しているのであった。 話しながら廊下をこちらへ来る吉岡の声がした。重吉が、手さぐりで結んだネクタイを横っちょに曲げた明るい顔でドアをあけた。「いかが?」「案外だった」・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・それでいながら、この作者には、口を開いてそのような経験を語るとき、直接、現実の摩擦によって生じた感情の優しい風、こわい嵐を作品へふきつけることをせず、むしろその感情の余韻をめぐって縷々多弁になる癖がある。そういう場合、私どもはそこに髣髴と浮・・・ 宮本百合子 「文学における古いもの・新しいもの」
・・・アフリカの民族は快活で、多弁で、楽天的であるが、しかしその精神的な表現の様式は、今日も昔も同じくまじめで厳粛である。この様式もいつの時かに始まり、そうして後に固定したものに相違ない。が、その謎めいて古い起源が我々には魔力的に感ぜられるのであ・・・ 和辻哲郎 「アフリカの文化」
出典:青空文庫