・・・ 十九日、夜来の大雨ようよう勢衰えたるに、今日は待ちに待ちたる松島見んとて勇気も日頃にましぬ。いでやと毛布深くかぶりて、えいさえいさと高城にさしかかれば早や海原も見ゆるに、ひた走りして、ついに五大堂瑞岩寺渡月橋等うちめぐりぬ。乗合い船に・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・道傍の氷店に入ってラムネ一瓶に夜来の渇望も満たしたればこゝに小荷物を預けて楠公祠まで行きたり。亀の遊ぶのを見たりとて面白くもなし湊川へ行て見んとて堤を上る。昼なれば白面の魎魅も影をかくして軒を並ぶる小亭閑として人の気あるは稀なり。並木の影涼・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・ 長崎のステイションも、夜来の雨で、アスファルトが泥でよごれている。僅かの旅客の後に跟き、私共は漠然期待や好奇心に満ちて改札口を出た。赤帽と、合羽を着た数人の俥夫が我々をとり巻いた。「お宿はどこです」「お俥になさいますか」「・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
出典:青空文庫