・・・電燈の消えた薄暗い中で、白いものに包まれたお前たちの母上は、夢心地に呻き苦しんだ。私は一人の学生と一人の女中とに手伝われながら、火を起したり、湯を沸かしたり、使を走らせたりした。産婆が雪で真白になってころげこんで来た時は、家中のものが思わず・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・立花は夢心地にも、何等か意味ありげに見て取ったので、つかつかと靴を近けて差覗いたが、ものの影を見るごとき、四辺は、針の長短と位地を分ち得るまでではないのに、判然と時間が分った。しかも九時半の処を指して、時計は死んでいるのであるが、鮮明にその・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・ 帰って湯に入って、寝たが、綿のように疲れていながら、何か、それでも寝苦くって時々早鐘を撞くような音が聞えて、吃驚して目が覚める、と寝汗でぐっちょり、それも半分は夢心地さ。 明方からこの風さな。」「正寅の刻からでござりました、海・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・を咽喉に当てた時、すッと音して、滝縞の袖で抱いたお千さんの姿は、……宗吉の目に、高い樹の梢から颯と下りた、美しい女の顔した不思議な鳥のように映った―― 剃刀をもぎ取られて後は、茫然として、ほとんど夢心地である。「まあ! 可かった。」・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・省作はしばらくただ夢心地であったが、はっと心づいて見ると、一時もここにいるのが恐ろしく感じて早々家に帰った。省作はこの夜どうしても眠れない。いろいろさまざまの妄想が、狭い胸の中で、もやくやもやくや煮えくり返る。暖かい夢を柔らかなふわふわした・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・ いつも快活で、そして、また独りぼっちに自分を感じた年子は、しばらく、柔らかな腰掛けにからだを投げて、うっとりと、波立ちかがやきつつある光景に見とれて、夢心地でいました。「このはなやかさが、いつまでつづくであろう。もう、あと二時間、・・・ 小川未明 「青い星の国へ」
・・・その快い羽音が、まだ二人の眠っているうちから、夢心地に耳に聞こえました。「どれ、もう起きようか。あんなにみつばちがきている。」と、二人は申し合わせたように起きました。そして外へ出ると、はたして、太陽は木のこずえの上に元気よく輝いていまし・・・ 小川未明 「野ばら」
・・・ わが心は鉛のごとく重く、暮れゆく空の雲をながめ入りてしばしは夢心地せり。われには少しもこの夜の送別会に加わらん心あらず、深き事情も知らでただ壮なる言葉放ち酒飲みかわして、宮本君がこの行を送ると叫ぶも何かせん。 げに春ちょう春は永久・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・豊吉は夢心地になってしきりに流れを下った。 河舟の小さなのが岸に繋いであった。豊吉はこれに飛び乗るや、纜を解いて、棹を立てた。昔の河遊びの手練がまだのこっていて、船はするすると河心に出た。 遠く河すそをながむれば、月の色の隈なきにつ・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・童は再び夢心地せり。童はいつしか雲のことを忘れはてたり。この後、童も憂き事しげき世の人となりつ、さまざまのこと彼を悩ましける。そのおりおり憶い起こして涙催すはかの丘の白雲、かの秋の日の丘なりき。 二人の旅客 雪深・・・ 国木田独歩 「詩想」
出典:青空文庫