・・・そして、その地図の区域は次第に拡大した。「さ、這入ったよ。」 タエは、鉱車を押し出す手ごをした。 それは六分目ほどしか這入っていなかった。市三は、枕木を踏んばりだした。背後には、井村が、薄暗いカンテラの光の中に鑿岩機をはずし、ハ・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・――大したこっちゃないじゃないか!」 彼は、皆の前でのんきそうなことを云っていた。 だが、軍医と上等看護長とは、帰還者を決定する際、イの一番に、屋島の名を書き加えていた。――つまり、銃剣を振りまわしたり、拳銃を放ったりする者を置いて・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・北定の本色は白で、白の※水の加わった工合に、何ともいえぬ面白い味が出て、さほどに大したものでなくてさえ人を引付ける。 ところが、ここに一つの定窯の宝鼎があった。それは鼎のことであるからけだし当時宮庭へでも納めたものであったろう、精中の精・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・ 今まで喜びに満されていたのに引換えて、大した出来ごとではないが善いことがあったようにも思われないからかして、主人は快く酔うていたがせっかくの酔も興も醒めてしまったように、いかにも残念らしく猪口の欠けを拾ってかれこれと継ぎ合せて見ていた・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・警察の調べのおさらいのようなもので、別に大したことはなかった。調べが終った時、「真夏の留置場は苦しいだろう。」 ないことに、検事がそんな調子でお世辞を云った。「ウ、ウン、元気さ。」 俺はニベもなく云いかえした。――が、フト、・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・どんな雑誌の編輯後記を見ても、大した気焔なのが、羨ましいとも感じて居る。僕は恥辱を忍んで言うのだけれど、なんの為に雑誌を作るのか実は判らぬのである。単なる売名的のものではなかろうか。それなら止した方がいいのではあるまいか。いつも僕はつらい思・・・ 太宰治 「喝采」
・・・ * * * ポルジイは大した世襲財産のある伯爵家の未来の主人である。親類には大きい尼寺の長老になっている尼君が大勢あって、それがこの活溌な美少年を、やたらに甘やかすのである。 二・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・「いや、大した手数でございましたそうです。しかしまあ、万事無事に済みまして結構でございました。すぐに見付かればよろしいのでございますが、もうお落しになってから約八分たっていたそうで、すっかり水を含みまして、沈みかかっていたそうでございます。・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・特に古い時代の歴史などはずいぶん抜かしてしまっても吾人の生活に大した影響はない。私は学生がアレキサンダー大王その外何ダースかの征服者の事を少しも知らなくても、大した不幸だとは思わない。こういう人物が残した古文書的の遺産は、無駄なバラストとし・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・入営中の勉強っていうものが大したもんで、尤も破格の昇進もしました。それがお前さん、動員令が下って、出発の準備が悉皆調った時分に、秋山大尉を助けるために河へ入って、死んじゃったような訳でね。」「どうして?」 爺さんは濃い眉毛を動かしな・・・ 徳田秋声 「躯」
出典:青空文庫