・・・しかしそれも大した功を奏しなかった。そこで今度は、スキャップ政策をとったが、それも強固な争議団の妨碍のために、予測程の成功ではなかった。トラックの中に、荷物の間に五六人のスキャップを積み込んで、会社間近まで来たとき、トラックの運転手と変装し・・・ 徳永直 「眼」
・・・単に茶代の奮発だけで済む事なら大した苦痛ではないが、一度び奮発すると、そのお礼としてはいざ汽車へ乗って帰ろうという間際なぞに極って要りもせぬ見掛ばかり大きな土産物をば、まさか見る前で捨てられもせず、帰りの道中の荷厄介にと背負い込せられる。日・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・今日チェルシーに来て倫敦の方を見るのは家の中に坐って家の方を見ると同じ理窟で、自分の眼で自分の見当を眺めると云うのと大した差違はない。しかしカーライルは自ら倫敦に住んでいるとは思わなかったのである。彼は田舎に閑居して都の中央にある大伽藍を遥・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・おまけに男のかたが十七で、高等学校をお出になったばかりで、後家はもう二十三になっているのですから、その六つが大した懸隔になったのも無理はございませんね。そんな風にしていましたから、人の世話ばかり焼くイソダンの人達も、わたくしの所へあなたのい・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
……ある牛飼いがものがたる第一日曜 オツベルときたら大したもんだ。稲扱器械の六台も据えつけて、のんのんのんのんのんのんと、大そろしない音をたててやっている。 十六人の百姓どもが、顔をまるっきりまっ赤にし・・・ 宮沢賢治 「オツベルと象」
・・・ 日本の民主化ということは、大したことであるという現実の例がこの一事にも十分あらわれていると思う。 こういう、云わば野暮な、問題のありのままの究明が、私たちの心に訴える力をもっているのは、決して只、その問題の書きかたがこれまでの「女・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・秀麿と大した点数の懸隔もなくて、優等生として銀時計を頂戴した同科の新学士は、文部省から派遣せられる筈だのに、現にヨオロッパにいる一人が帰らなくては、経費が出ないので、それを待っているうちに、秀麿の方は当主の五条子爵が先へ立たせてしまった。子・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・御挨拶も大した御挨拶ですが、場所が場所でしたわね。わたくしは「結構」と御返事いたしました。窓硝子はがちゃがちゃ云う。車輸はがらがら云う。車全体はわたくしどもを目の廻るようにゆすっていました。ですから一しょう懸命に「けっこう、けーっーこーう」・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
・・・別段大した悦も苦労もした事がないんですもの。ダガネ、モウ少し過ぎると僕は船乗になって、初めて航海に行くんです。実に楽みなんです。どんな珍しいものを見るかと思って……段々海へ乗出して往く中には、為朝なんかのように、海賊を平らげたり、虜になって・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・特に、夕日が西に傾いて、その赤い光線が樹々の紅葉を照らす時の美しさは、豪華というか、華厳というか、実に大したものだと思った。しかしその年の紅葉がそういうふうに出来がよいということの見透しは、その間ぎわまではつかないのである。手紙で打ち合わせ・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
出典:青空文庫