・・・そう言えば君の顔は僕が毎晩夢のなかで大声をあげて追払うえびす三郎に似ている。そういう俗悪な精神になるのは止し給え。 僕の思っている海はそんな海じゃないんだ。そんな既に結核に冒されてしまったような風景でもなければ、思いあがった詩人めかした・・・ 梶井基次郎 「海 断片」
・・・ 足をばたばたやって大声を上げて泣いて、それで飽き足らず起上って其処らの石を拾い、四方八方に投げ付けていた。 こう暴れているうちにも自分は、彼奴何時の間にチョーク画を習ったろう、何人が彼奴に教えたろうとそればかり思い続けた。 泣・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・ 三人は、大声をあげて人に聞えるように叫んだ。 それが、メーデーに於ける彼等の、せめてもの心慰めだった。 黒島伝治 「鍬と鎌の五月」
・・・元来其頃は非常に何かが厳重で、何でも復習を了らないうちは一寸も遊ばせないという家の掟でしたから、毎日々々朝暗いうちに起きて、蝋燭を小さな本箱兼見台といったような箱の上に立てて、大声を揚げて復読をして仕舞いました。そうすれば先生のところから帰・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・ その時、看守が大声で怒鳴った。 見付けられたな、と思った。俺はギョッとした。見付けられたとすれば、俺だけではない、これから入ってくる何百という人たちの、こッそり蔵いこんでいた楽しみが奪われてしまうんだ。窓でも閉められてみろ、此処は・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・ その時、次郎は子供らしい大声を揚げて泣き出してしまった。 私は家の内を見回した。ちょうど町では米騒動以来の不思議な沈黙がしばらくあたりを支配したあとであった。市内電車従業員の罷業のうわさも伝わって来るころだ。植木坂の上を通る電車も・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・と、だれだか大声でよびとめるものがありました。ふりむいて見ますと、少しはなれたところに、まっ白な髪をした品のいいおじいさんが、二人の若い女の人をつれて立っています。ギンはこわごわそばへいきました。よくみると、その女の一人はたった今水の中へ消・・・ 鈴木三重吉 「湖水の女」
・・・弟妹たちを呼び集めて、そのところを指摘し、大声叱咤、説明に努力したが、徒労であった。弟妹たちは、どうだか、と首をかしげて、にやにや笑っているだけで、一向に興奮の色を示さぬ。いったいに、弟妹たちは、この兄を甘く見ている。なめている風がある。長・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・肥った赤ら顔の快活そうな老西洋人が一人おり立って、曲がった泥よけをどうにか引き曲げて直した後に、片手を高くさしあげてわれわれをさしまねきながら大声で「ドモスミマシェン」と言って嫣然一笑した。そうして再びエンジンの爆音を立てて威勢よく軽井沢の・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・こんにゃはァ、というのは、こんにゃくだ、こんにゃくだという意味で、大声でふしをつけると、ついそんな風に言葉がツマってしまうのである。 ――こんにゃはァ、こんにゃはァ、 腰で調子をとって、天秤棒をギシギシ言わせながら、一度ふれては十間・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
出典:青空文庫