・・・いかなることか、私は幼いときからこの婆様が大好きで、乳母から離れるとすぐ婆様の御懐に飛び込んでしまったのでございます。もっとも私の母様は御病身でございました故、子供には余り構うて呉れなかったのでございます。父様も母様も婆様のほんとうの御子で・・・ 太宰治 「葉」
・・・装飾品が大好きである。それはこの女には似合わしい事である。さてそんならその贈ものばかりで、人の自由になるかと云うと、そうではない。好きな人にでなくては靡かない。そしてきのう貰った高価の装飾品をでも、その贈主がきょう金に困ると云えば、平気で戻・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・私は海辺に育ちましたから浪を見るのが大好きですよ。海が荒れると、見にくるのが楽しみです」「あすこが大阪かね」私は左手の漂渺とした水霧の果てに、虫のように簇ってみえる微かな明りを指しながら言った。「ちがいますがな。大阪はもっともっと先・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・僕は天皇陛下が大好きである。天皇陛下は剛健質実、実に日本男児の標本たる御方である。「とこしへに民安かれと祈るなる吾代を守れ伊勢の大神」。その誠は天に逼るというべきもの。「取る棹の心長くも漕ぎ寄せん蘆間小舟さはりありとも」。国家の元首として、・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・宗ちゃんの大好きなを喰べてしまったんですって。恐いじゃありませんか。おとなしくなさい。」 雪は紛々として勝手口から吹き込む。人達の下駄の歯についた雪の塊が半ば解けて、土間の上は早くも泥濘になって居た。御飯焚のお悦、新しく来た仲働、小間使・・・ 永井荷風 「狐」
・・・もう一つ他の言葉で云うとこの連続をつづけて行く事が大好きなのであります。なぜ好むかとなると説明はできない。誰が出て来ても説明はできない。ただそれが事実であると認めるよりほかに道はない。もちろん進化論者に云わせるとこの願望も長い間に馴致発展し・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ 政子さんも、それらの平和な者達に取りかこまれながら、晴々と高い空の下に坐っているのが大好きでした。 おきまりの場所になっている芝生の上に坐って、ぼんやりと、空に浮んだり消えたりする白い雲を眺めていた政子さんは、暫くすると誰かに肩を・・・ 宮本百合子 「いとこ同志」
・・・ 変りふろふき これからはよくどちらでも大根ふろふきが流行ります。大好きですがどうも胡麻をかけただけでは物足りないので一工夫して、挽肉を味噌、醤油、砂糖で甘辛くどろりと煮て胡麻などの代りにかけていただきます。・・・ 宮本百合子 「十八番料理集」
・・・汽車の絵をかかせるのですが、何故だか、チッチャポッポが大好きです。スエ子は盲腸がどうやらおさまり。鵠沼の方にさむしくないところを一部屋かりて、当分暮すでしょう。この家も一月末にはとりこわしがはじまりますから。私は十二月中旬に引越しの予定です・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・「お前さんも海水浴をするかね」と、己が問うた。「ええ。毎晩いたします。」「泳げるかね。」「大好きです。」 なぜ夜海水浴をするのか問おうかと思ったが止めた。多分昼間は隙がないのだろう。「冬になるとお前さんどこへ行くかね・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
出典:青空文庫