・・・立派な大廈高楼はどうも気楽そうに思われない。頼まれてもそういう所に住む気にはなれそうもない。しかしこの平板な野の森陰の小屋に日当たりのいい縁側なりヴェランダがあってそこに一年のうちの選ばれた数日を過ごすのはそんなに悪くはなさそうに思われた。・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・竜動に巍々たる大廈石室なり、その市街に来往する肥馬軽車なり、公園の壮麗、寺院の宏大、これを作りてこれを維持するその費用の一部分は、遠く野蛮未開の国土より来りしものならん。ただに遠国のみならず、現に両国境を接する日耳曼と仏蘭西との戦争において・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
・・・これを喩えば、大廈高楼の盛宴に山海の珍味を列ね、酒池肉林の豪、糸竹管絃の興、善尽し美尽して客を饗応するその中に、主人は独り袒裼裸体なるが如し。客たる者は礼の厚きを以てこの家に重きを置くべきや。饗礼は鄭重にして謝すべきに似たれども、何分にも主・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・ ―――――――――――― 一抱えに余る柱を立て並べて造った大廈の奥深い広間に一間四方の炉を切らせて、炭火がおこしてある。その向うに茵を三枚畳ねて敷いて、山椒大夫は几にもたれている。左右には二郎、三郎の二人の息子が狛・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫