・・・ 蝶子は呉服屋へ駆け込んで、柳吉と自分と二人分の紋附を大急ぎで拵えるように頼んだ。吉報を待っていたが、なかなか来なかった。柳吉は顔も見せなかった。二日経ち、紋附も出来上った。四日目の夕方呼出しの電話が掛った。話がついた、すぐ来いの電話だ・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・「それでは大急ぎで仕事を片づけて三日中に出て行くからね。……おやじには出てきてくれたんでたいへん安心して悦んでいると言ってくれ」私はこう言って弟だけ帰したが、それでは一昨晩の騒ぎの場合は父は私の妻の実家で酒を飲んでいたんだし、昨晩のあの・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・と自分は大急ぎで仕度し、手箱から亡父の写真を取り出して懐中した。 小春日和の日曜とて、青山の通りは人出多く、大空は澄み渡り、風は砂を立てぬほどに吹き、人々行楽に忙がしい時、不幸の男よ、自分は夢地を辿る心地で外を歩いた。自分は今もこの時を・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・戸外は月冴えて風はないが、骨身に徹える寒さに磯は大急ぎで新開の通へ出て、七八丁もゆくと金次という仲間が居る、其家を訪ねて、十時過まで金次と将棋を指して遊んだが帰掛に一寸一円貸せと頼んだ。明日なら出来るが今夜は一文もないと謝絶られた。 帰・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・ 対岸の三人は喫驚したらしく、それと又気がついたかして忽ち声を潜め大急ぎで通り過ぎて了った。 富岡老人はそのまま三人の者の足音の聞こえなくなるまで対岸を白眼んでいたが、次第に眼を遠くの禿山に転じた、姫小松の生えた丘は静に日光を浴びて・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・あれからまた一軒あるにはあって、借り手のつかないうちにと大急ぎで見に行って来た家は、すでに約束ができていた。今の住居の南隣に三年ばかりも住んだ家族が、私たちよりも先に郊外のほうへ引っ越して行ってしまってからは、いっそう周囲もひっそりとして、・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ それを思うと、おげんは大急ぎでその廊下を離れて、馳け込むように自分の部屋に戻った。彼女は堅く堅く障子をしめ切って置いて、部屋に隠れた。 九月も末になる頃にはおげんはずっと気分が好かった。おげんは自分で考えても九分通りまでは好い身体・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・ウイリイは間もなく馬に乗って大急ぎで出ていきました。そのとき窓のところに立って見ていた王女は、「そのたすけ手がついていれば、きっと見附かります。」とウイリイに言いました。ウイリイは山や谷をいくつも/\越して、しまいに、遠くの知らない国の・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・ こう言ってよびますと、そちこちで草を食べていた牛は、すぐに大急ぎで女のそばへあつまって来ました。四ひきの牝牛は畠をすいていました。女は、「おいおい、その灰色の牝牛たちよ、 おまえもお家へかえるのだよ。」と、その・・・ 鈴木三重吉 「湖水の女」
・・・三兄は、決してそのお仲間に加わらず、知らんふりして自分の席に坐って、凝ったグラスに葡萄酒をひとりで注いで颯っと呑みほし、それから大急ぎでごはんをすまして、ごゆっくり、と真面目にお辞儀して、もう掻き消すように、いなくなってしまいます。とても、・・・ 太宰治 「兄たち」
出典:青空文庫