・・・「俺は手前、毎日得意廻りに出ていねえんだもの、見やしねえけれど大抵当りはつかあ」「そうかね」「そうとも。きっと何だろう、店先へ買物にでも来たような風をして、親方の気のつかねえように、何かボソボソお上さんと内密話をしちゃ、帰って行・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・ これを聞くと、見物の女達は一度にわっと泣き出しました。 爺さんは両手を前へ出して、見物の一人一人からお金を貰って歩きました。 大抵な人は財布の底をはたいて、それを爺さんの手にのせて遣りました。私の乳母も巾着にあるだけのお金をみ・・・ 小山内薫 「梨の実」
・・・へ彼女が現れるのは、大抵夫婦喧嘩をしたときに限るので、あんまり腹が立ちましたよって「月ヶ瀬」で栗ぜんざい一杯とおすましとおはぎ食べてこましたりましてんと、彼女はその安い豪遊をいい触らすのである。「月ヶ瀬」は戎橋の停留所から難波へ行く道の・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・ で、まず、キシニョーフへ出て来て背嚢やら何やらを背負されて、数千の戦友と倶に出征したが、その中でおれのように志願で行くものは四五人とあるかなし、大抵は皆成ろう事なら家に寝ていたい連中であるけれど、それでも善くしたもので、所謂決死連の己・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・それから二人の間には、大抵次ぎのような会話が交わされるのであった。「……そりゃね、今日の処は一円差上げることは差上げますがね。併しこの一円金あった処で、明日一日凌げば無くなる。……後をどうするかね? 僕だって金持という訳ではないんだから・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・朝は大抵牛乳一合にパン四分の一斤位、バターを沢山付けて頂きます。その彼へスープ一合、黄卵三個、肝油球。昼はお粥にさしみ、ほうれん草の様なもの。午後四時の間食には果物、時には駿河屋の夜の梅だとか、風月堂の栗饅頭だとかの注文をします。夕食は朝が・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・一つの曲目が終わって皆が拍手をするとき私は癖で大抵の場合じっとしているのだったが、この夜はことに強いられたように凝然としていた。するとどよめきに沸き返りまたすーっと収まってゆく場内の推移が、なにか一つの長い音楽のなかで起ることのように私の心・・・ 梶井基次郎 「器楽的幻覚」
・・・懇望しているのは大抵お察しでしょう。ようございますか。お貰い申しましたよ。 * * * われはこの後のことを知らず。辰弥はこのごろ妻を迎えしとか。その妻は誰なるらん。とある書窓の奥にはまた、あわれ今後の半・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・が、大抵はぐてぐて寝ていた。そして五時頃、会社が引ける時分になると、急に起きて、髪を直し、顔や耳を石鹸で洗いたてて化粧をした。それから、たすき掛けで夕飯の仕度である。嫁が働きだすと、ばあさんも何だかじっとしていられなくなって、勝手元へ立って・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・御前彫刻などには大抵刀の進み易いものを用いて短時間に功を挙げることとする。なるほど、火、火とのみ云って、火の芸術のみを難儀のもののように思っていたのは浅はかであったと悟った。「なるほど。何の道にも苦しい瀬戸はある。有難い。お蔭で世界を広・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
出典:青空文庫