・・・遠方で打つ大砲の響きを聞くような、路のない森に迷い込んだような心地がして、喉が渇いて来て、それで涙が出そうで出ない。 痛ましげな微笑は頬の辺りにただよい、何とも知れない苦しげな叫び声は唇からもれた。『梅子はもうおれに会わないだろう』・・・ 国木田独歩 「まぼろし」
・・・「でも、大砲や、弾薬を供給してるんじゃないんか?」「それゃ、全然作りことだ。」「そうかしら?」 大興駅附近の丘陵や、塹壕には砲弾に見舞われた支那兵が、無数に野獣に喰い荒された肉塊のように散乱していた。和田たちの中隊は、そこを・・・ 黒島伝治 「チチハルまで」
・・・銃や、機関銃や、大砲に対抗するのに、弓や竹槍や、つぶてではかなわない、プロレタリアは、ブルジョアに負けない優秀な武器を自分のものとしなければならない。レーニンは次のように云っている。「武器を取扱い武器を所有することを学ぼうと努力しない被抑圧・・・ 黒島伝治 「入営する青年たちは何をなすべきか」
・・・「逃げて行くパルチザンなんど、面倒くさい、大砲でぶっ殺してしまえやいいじゃないか。」 小屋のところをぶらぶら歩きながら無遠慮に中隊長の顔を見ていた男が不意に横から口を出した。 その男は骨組のしっかりした、かなり豊かな肉づきをして・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・ あとで知ったことでございますが、あの恐しい不思議な物音は、日本海大海戦、軍艦の大砲の音だったのでございます。東郷提督の命令一下で、露国のバルチック艦隊を一挙に撃滅なさるための、大激戦の最中だったのでございます。ちょうど、そのころでござ・・・ 太宰治 「葉桜と魔笛」
・・・ カルネラは昔の力士の大砲を思い出させるような偉大な体躯となんとなく鈍重な表情の持ち主であり、ベーアはこれに比べると小さいが、鋼鉄のような弾性と剛性を備えた肉体全体に精悍で隼のような気魄のひらめきが見える。どこか昔日の力士逆鉾を思い出さ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・たとえば勢力不滅の方則が設定されるまでに、この問題に関して行なわれた実験的研究の数はおびただしいものであろう。たとえば大砲の砲腔をくり抜くときに熱を生ずることから熱と器械的のエネルギーとの関係が疑われてから以来、初めはフラスコの水を根気よく・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・ 星の世界の住民が大砲弾に乗込んで地球に進入し、ロンドン附近で散々に暴れ廻り、今にも地球が焦土となるかと思っていると、どうしたことか急にぱったりと活動を停止する。変だと思ってよく調べてみると、星の世界には悪い黴菌がいないために黴菌に対す・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・軍国の兵力の強さもある意味ではどれだけ多くの火薬やガソリンや石炭や重油の煙を作り得るかという点に関係するように思われる。大砲の煙などは煙のうちでもずいぶん高価な煙であろうと思うが、しかし国防のためなら止むを得ないラキジュリーであろう。ただ平・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・とちょうど雷鳴の反響のような余韻が二三秒ぐらい続き次第に減衰しながら南の山すそのほうに消えて行った。大砲の音やガス容器の爆発の音などとは全くちがった種類の音で、しいて似よった音をさがせば、「はっぱ」すなわちダイナマイトで岩山を破砕する音がそ・・・ 寺田寅彦 「小爆発二件」
出典:青空文庫