・・・ 六「大福餅が食べたいとさ、は、は、は、」 と直きその傍に店を出した、二分心の下で手許暗く、小楊枝を削っていた、人柄なだけ、可憐らしい女隠居が、黒い頭巾の中から、隣を振向いて、掠れ掠れ笑って言う。 その隣・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ところが、煙草がなくなるころには、いつかマッチ箱の中の三銭も落してしまい、もう大福餅一つ買えなかった。それほど放心した歩き方だったのでしょう。腹は空ってくる。おまけに暑さにあてられて、目まいがする。そんな時、道端の百姓家へ泣きこんで事情を打・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・道端に荷をおろしている食物売の灯を見つけ、汁粉、鍋焼饂飩に空腹をいやし、大福餅や焼芋に懐手をあたためながら、両国橋をわたるのは殆毎夜のことであった。しかしわたくしたち二人、二十一、二の男に十六、七の娘が更け渡る夜の寒さと寂しさとに、おのずか・・・ 永井荷風 「雪の日」
出典:青空文庫