・・・こんな時には大股で教壇を下りて余らの前へ髯だらけの顔を持ってくる。もし余らの前に欠席者でもあって、一脚の机が空いていれば、必ずその上へ腰を掛ける。そうして例のガウンの袖口に着いている黄色い紐を引張って、一尺程の長さを拵らえて置いて、それでぴ・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・梟が大股にのっそのっそと歩きながら時々こわい眼をしてホモイをふりかえって見ました。 みんなはおうちにはいりました。 鳥は、ゆかや棚や机や、うちじゅうのあらゆる場所をふさぎました。梟が目玉を途方もない方に向けながら、しきりに「オホン、・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・一郎はまるで坑夫のようにゆっくり大股にやってきて、みんなを見て「何した」とききました。みんなははじめてがやがや声をたててその教室の中の変な子を指しました。一郎はしばらくそっちを見ていましたがやがて鞄をしっかりかかえてさっさと窓の下へ行きまし・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・ぼくはいまその電燈を通り越とジョバンニが思いながら、大股にその街燈の下を通り過ぎたとき、いきなりひるまのザネリが、新らしいえりの尖ったシャツを着て電燈の向う側の暗い小路から出て来て、ひらっとジョバンニとすれちがいました。「ザネリ、烏・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・ずうっと下の方の野原でたった一人野葡萄を喰べていましたら馬番の理助が欝金の切れを首に巻いて木炭の空俵をしょって大股に通りかかったのでした。そして私を見てずいぶんな高声で言ったのです。「おいおい、どこからこぼれて此処らへ落ちた? さらわれ・・・ 宮沢賢治 「谷」
・・・不意と紺ぽい背広に中折帽を少しななめにかぶった確りした男の姿が歩道の上に現れたと思うと、そのわきへスーと自動車がよって止り、大股に、一寸首を下げるようにしてその男が自動車へのった。すぐ自動車は動いて行った。音のない、瞬間の光景だ。がその刹那・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・スースーとモダン風な大股の歩きつきで。それに対する反感。 十一月初旬の或日やや Fatal な日のこと。梅月でしる粉をたべ。 午後久しぶりでひる風呂、誰もいず。髪をあらう、そのなめらかな手ざわ・・・ 宮本百合子 「情景(秋)」
・・・それをとりまく少年たちは、いずれも真面目な心配を顔に現して、惨めな靴をのぞき込みつつ、大股に跟いて歩いて来るのであった。 バクーの市街には、驚くほど古いものと新しいものとが入り混っている。自分はキルションの戯曲「風の町」を思い出し、この・・・ 宮本百合子 「石油の都バクーへ」
・・・すると、ついている大人がかかえ上げて片手に靴をもって、ひどいところを大股にこして乾いたところへおろした。私は姉だから厳粛に自力で困難を征服する。 そうして切どおしをのぼり切ると、道灌山つづきの高台の突端に出た。子供の時分の田端の駅は、思・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
・・・それが肥えた馬、大きい車の霊ででもあるように、大股に行く。この男は左顧右眄することをなさない。物にあって一歩をゆるくすることもなさず、一歩を急にすることをもなさない。旁若無人という語はこの男のために作られたかと疑われる。 この車にあえば・・・ 森鴎外 「空車」
出典:青空文庫