・・・ 警戒とは大袈裟な言い方だと、私はいささかあきれた。「ところで、彼女は僕のこと如何言うとりました? 悪い男や言うとりましたやろ? 焼餅やきや言うてしまへんでしたか。どうせそんなことでっしゃろ。なにが、僕が焼餅やきますかいな。彼女の方・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・は私の顔を見ると、えらいとこ見られたと大袈裟にいった。そして、こんどの土用丑には子供の虫封じのまじないをここでしてもらいまんねんというのであった。私はただ「亀さん」の亭主がまかり間違っても白いダブルの背広に赤いネクタイ、胸に青いハンカチ、そ・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・まして私たちが実存主義作家などというレッテルを貼られるとすれば、むしろ周章狼狽するか、大袈裟なことをいうな、日本では抒情詩人の荷風でもペシミズムの冷酷な作家で通るのだから、随分大袈裟だねと苦笑せざるを得ない。だいいち、日本には実存主義哲学な・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・六百円の保証金を軈て千五百円まで値上げしても、なお支店長応募者が陸続……は大袈裟だが、とにかくあとを絶たなかった一事を以ってしてもわかるように、――むろん薬もおかしいほど売れた。 効いたから、売れたのではない。いうまでもなく、広告のおか・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ さらばじゃと、大袈裟な身振りを残すと、あっという間に佐助は駈けだして、その夜のうちに、鳥居峠の四里の山道を登って、やがて除夜の鐘の音も届かぬ山奥の洞窟の中に身を隠してしまった。 こうして、下界との一切の交通を絶ってしまった佐助・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
・・・「大袈裟な真似をするない。あいつは俺の方へ飛んで来ないでお母さんの方へ飛んで行った」 とおさだを叱るように言って、復た直次は隣近所にまで響けるような高い声で笑った。 夕方に、熊吉が用達から帰って来るまで、おげんは心の昂奮を沈めよ・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・ それから、とうさんが生活を変えると言ったら、事あれかしの新聞記者なぞに大袈裟に書き立てられても迷惑しますから、しばらくこの手紙の内容はおまえたちだけで承知していてください。友人にも世間の人たちにもおりを見てぽつぽつ知らせるつもりです。・・・ 島崎藤村 「再婚について」
・・・そうして、この、いじけた、流行しない悪作家に同情を寄せ、「文学の敵、と言ったら大袈裟だが、最近の文学に就いて、それを毒すると思われるもの、まあ、そういったようなもの」を書いてみなさいと言って来たのである。 編輯者の同情に報いる為にも私は・・・ 太宰治 「鬱屈禍」
・・・れいに依って大袈裟なお芝居であると思い、平気で聞き流すことが出来ましたが、それよりも、その時、あの人の声に、また、あの人の瞳の色に、いままで嘗つて無かった程の異様なものが感じられ、私は瞬時戸惑いして、更にあの人の幽かに赤らんだ頬と、うすく涙・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・行きづまった等、そんな大袈裟な事を、言える柄では無かったのです。私は、なんにも作品を書いていなかった。なんにも努めていなかった。私は、安易な隙間隙間をねらって、くぐりぬけて歩いて来た。窮極の問題は、私がいま、なんの生き甲斐も感じていないとい・・・ 太宰治 「風の便り」
出典:青空文庫