・・・そうしてかの女は、芸術に対する心からの憧憬を踏みにじられて、ついには大金持ちの馬鹿息子のところにでも片づけられてしまうんだ……あんな人をモデルにつかって一度でも画が描いて見たいなあ。瀬古 そんなか。青島 そんなだとも。とも子・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・――「当修善寺から、口野浜、多比の浦、江の浦、獅子浜、馬込崎と、駿河湾を千本の松原へ向って、富士御遊覧で、それが自動車と来た日には、どんな、大金持ちだって、……何、あなた、それまでの贅沢でございますよ。」と番頭の膝を敲いたのには、少分の茶代・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・ 姉は、これまでこんなことをいったものが、幾人もありましたから、またかと思いましたが、その大尽というのは、名の聞こえている大金持ちだけに、娘はすげなく断ることもできないという気がして、少なからず当惑いたしました。「どんなご用があって・・・ 小川未明 「港に着いた黒んぼ」
・・・の資格にはなり得ない。大金持ちの夫と別れて、おちぶれて、わずかの財産で娘と二人でアパート住いして、と説明してみても、私は女の身の上話には少しも興味を持てないほうで、げんにその大金持ちの夫と別れたのはどんな理由からであるか、わずかの財産とはど・・・ 太宰治 「メリイクリスマス」
・・・ゴルフをやらない人間から見ると、ゴルフをやっている人はみんな大貴族か大金持ちのように思われる。垣根ただ一重の内側の緑野は、自分らとは生涯なんの因縁もない別の世界のような気がする。しかしもしかこれで、何かの回り合わせで、自分でゴルフをやり始め・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
出典:青空文庫