・・・ 電車の停留場に向かって、歩く途中で、ふと天上の一つの星を見て、こういいました。その星は、いつも、こんなに、青く光っていたのであろうか。それとも、今夜は、特にさえて見えるのだろうか。 彼女は、無意識のうちに、「私の生まれた、北国では・・・ 小川未明 「青い星の国へ」
・・・ほかのお星さまのように、遠く、高く、地から離れて、天上界に住むことができないのであります。毎夜、森や、林や、野の上近くさまよって、このお星さまは、なにか探ねています。それは、死んだ姉が、なお、弟のかわいがっていた鳥を探しているのであります。・・・ 小川未明 「めくら星」
・・・明確な頭脳の、旺盛な精力の、如何なる運命をも肯定して驀地らに未来の目標に向って突進しようという勇敢な人道主義者――、常に異常な注意力と打算力とを以て自己の周囲を視廻し、そして自己に不利益と見えたものは天上の星と雖も除き去らずには措かぬという・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・ 一天晴れ渡りて黒澄みたる大空の星の数も算まるるばかりなりき。天上はかく静かなれど地上の騒ぎは未だやまず、五味坂なる派出所の前は人山を築けり。余は家のこと母のこと心にかかれば、二郎とは明朝を期して別れぬ。 家には事なかりき。しばし母・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・ファウスト第二部の天上のグレーチヘン。 これらは不幸な、あるいは酬いられぬ恋であったとはいえ、恋を通して人間の霊魂の清めと高めとの雛型である。古くはあるが常に新しい――永遠の物語である。 恋には色濃い感覚と肉体と情緒とがなくてはなら・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・と神の父ゼウスは天上から人間に号令した。「受取れ、これはお前たちのものだ。お前たちにおれは、これを遺産として、永遠の領地として、贈ってやる。さあ、仲好く分け合うのだ。」その声を聞き、忽ち先を争って、手のある限りの者は右往左往、おのれの分・・・ 太宰治 「心の王者」
・・・星――天上の星もこれに比べたならその光を失うであろうと思われた。縮緬のすらりとした膝のあたりから、華奢な藤色の裾、白足袋をつまだてた三枚襲の雪駄、ことに色の白い襟首から、あのむっちりと胸が高くなっているあたりが美しい乳房だと思うと、総身が掻・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・でもなったように高い空からだんだんに裏町の舗道におりて行って歌う人と聞く人の群れの中に溶け込むのであるが、最後の大団円には、そのコースを逆の方向に取って観客はだんだん空中にせり上がって行って、とうとう天上の人か鳥かになってしまう。そうして地・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・そういうのだと、結実した子房はちゃんと花の中心に起き直って、今まで水平の方向を向いていた柱頭が垂直に天上をさしている。すなわち直角だけ回転している。そうして、おしべはと見るとどこへ行ったかわからない。よく見ると子房の基底部にまっ黒くひからび・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・そういう時に彼は音楽の醸し出す天上界の雰囲気に包まれて、それで始めて心の集中を得たのではあるまいか。 これはただ何の典拠のない私だけの臆測である。しかしそれはいずれにしても、今の苛立たしい世の中を今少し落着けて、人の心を今少し純な集中に・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
出典:青空文庫