・・・徳川家が将軍に成った末で余り勢いは強くなかったけれども、とにかく将軍というものが政権を持っておってその上に天子様がおられるという。これは一般の法則でないという処から、習慣的に続いて来た幕府というものを引っ繰り返したというのは、その引っ繰り返・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・支那は天子蒙塵の辱を受けつつある。英国はトランスヴールの金剛石を掘り出して軍費の穴を填めんとしつつある。この多事なる世界は日となく夜となく回転しつつ波瀾を生じつつある間に我輩のすむ小天地にも小回転と小波瀾があって我下宿の主人公はその尨大なる・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・ たとえば往古支那にて、天子の宮殿も、茆茨剪らず、土階三等、もって安しというといえども、その宮殿は真実安楽なる皇居に非ず。かりに帝堯をして今日にあらしめなば、いかに素朴節倹なりといえども、段階に木石を用い、屋もまた瓦をもって葺くことなら・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
・・・月二十六日はみなの衆も存知の通り、二十六夜待ちじゃ。月天子山のはを出でんとして、光を放ちたまうとき、疾翔大力、爾迦夷波羅夷の三尊が、東のそらに出現まします。今宵は月は異なれど、まことの心には又あらはれ給わぬことでない。穂吉どのも、ただ一途に・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・ここは天子さんのとこでそんな警部や何かのとこじゃないんだい。ずうっと奥へ行こうよ。」 私もにわかに面白くなりました。「おい、東北長官というものを見たいな。どんな顔だろう。」「鬚もめがねもあるのさ。先頃来た大臣だってそうだ。」・・・ 宮沢賢治 「二人の役人」
・・・ ねーえ と引っぱってというが如し だに おいでた だかね 居ますんね〔欄外に〕ジンゲル Roll accident adapt angel そんな字が見える 天使、天子と書いてある。細い、くろ豆のような女・・・ 宮本百合子 「一九二七年春より」
・・・けれども学校では同じ位にいじめられて居たけれども、「何んだい、天子様の御前で弾いて見せるぞ」 涙をこぼしながらそう云って居た。 家にかえるとすぐ誰が居ても斯う云って居た。「ネエ母ちゃん、芸人だって偉いんだネー、天子様の前でだ・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
・・・京都には、かつてわが国を無階級で自由な一国に統一して合理的な政治によって万民をうるおした聖天子の末裔があらせられる。そのむかしの自由な日本はこの聖天子を幕府とおきかえることによって再生する。」この一文をよむわれらの脳裏に愛郷塾が髣髴し、社会・・・ 宮本百合子 「文学に関する感想」
出典:青空文庫