・・・の双句は天成のデマゴオクを待たない限り、発し得ない名言だったからである。 わたしは歴史を翻えす度に、遊就館を想うことを禁じ得ない。過去の廊下には薄暗い中にさまざまの正義が陳列してある。青竜刀に似ているのは儒教の教える正義であろう。騎士の・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・この天成の妙機を捨てる代わりに、これを活用してその長所を発揮するような、そういう「科学の分派」を設立することは不可能であろうか。こういう疑問を起こさないではいられないほどにわれわれの感覚器官はその機構の巧妙さによってわれわれを誘惑するのであ・・・ 寺田寅彦 「感覚と科学」
・・・それから肉桂酒と称するが実は酒でもなんでもない肉桂汁に紅で色をつけたのを小さなひょうたん形のガラスびんに入れたものも当時のわれわれのためには天成の甘露であった。 甘蔗のひと節を短刀のごとく握り持ってその切っ先からかじりついてかみしめると・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ 婦人が、天成の直観で、不具な形に出来上って人民の重荷であった過去の日本の「政治」に、自分たちをあてはめかねているのは、面白いことだと思う。婦人の責任は、身に合いかねる過去の社会きりまわしの形を、娘として、妻として、母としての自分たちの・・・ 宮本百合子 「現実に立って」
・・・生と闘いつつ、親族に労働者として働いている者が一人もなかったため、小僧働きの環境はいつも手近な縁を辿って都市的な小市民的雰囲気に限られていたこと、その窒息的に濃い重い執こい空気の中で少年ゴーリキイが、天成の素質の健康さによって二六時中身をも・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・ゴーリキイは或る予期しないきっかけから当時ロシアに擡頭していた「人民派」の学生達と知り合い、その研究会へも出席するようになった。ゴーリキイは天成の素直さ、鋭い清廉な感受性によって、ここに生活を少しでもいい方に向けようと努力している一団の人々・・・ 宮本百合子 「逝けるマクシム・ゴーリキイ」
出典:青空文庫