・・・ 何を太平楽を言うかと言わんばかりに、父は憎々しく皮肉を言った。「せめては遊びながら飯の食えるものだけでもこんなことを言わなければ罰があたりますよ」 彼も思わず皮肉になった。父に養われていればこそこんなはずかしめも受けるのだ。な・・・ 有島武郎 「親子」
・・・ さりながらかかる太平楽を並ぶるも、山の手ながら東京に棲むおかげなり。奥州……花巻より十余里の路上には、立場三ヶ所あり。その他はただ青き山と原野なり。人煙の稀少なること北海道石狩の平野よりも甚し。 と言われたる、遠野郷に・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・ 彼は太平楽を並べていばっていた。「何ぬかすぞい! 卯の天保銭めが!」 麦を踏み荒されたばかりで敷地となる田も畠もない持たない小作人は、露骨な反感を現わした。「うちの田は、ちょっとのことではずれくさった。もう五間ほどあの電車・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・飢えに泣いているはずの細民がどうかすると初鰹魚を食って太平楽を並べていたり、縁日で盆栽をひやかしている。 これも別の事であるが流行あるいは最新流行という衣装や粧飾品はむしろきわめて少数の人しか着けていない事を意味する。これも考えてみると・・・ 寺田寅彦 「春六題」
・・・また、少し感の悪いうっかり者が、とんでもない失策を演じながら当人はそれと気がつかずに太平楽な顔をしているのも、やはり涼しい顔の一種に数えられるようである。これなどは愛嬌のあるほうである。自分なども時々だいじな会議の日を忘れて遊びに出たり、受・・・ 寺田寅彦 「涼味数題」
・・・親父が無理算段の学資を工面して卒業の上は月給でも取らせて早く隠居でもしたいと思っているのに、子供の方では活計の方なんかまるで無頓着で、ただ天地の真理を発見したいなどと太平楽を並べて机に靠れて苦り切っているのもある。親は生計のための修業と考え・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
出典:青空文庫