・・・それでも、ずいぶん元気で、田舎にもあまり帰りたがらず、入院もせず、戸山が原のちかくに一軒、家を借りて、同郷のWさん夫婦にその家の一間にはいってもらって、あとの部屋は全部、自分で使って、のんきに暮していました。私は、高等学校へはいってからは、・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・ 鴨羽の雌雄夫婦はおしどり式にいつも互いに一メートル以内ぐらいの間隔を保って遊弋している。一方ではまた白の母鳥と十羽のひなとが別の一群を形づくって移動している。そうしてこの二群の間には常に若干の「尊敬の間隔」が厳守せられているかのように・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・そして若い時から兄夫婦に育てられていた義姉の姪に桂三郎という養子を迎えたからという断わりのあったときにも、私は別に何らの不満を感じなかった。義姉自身の意志が多くそれに働いていたということは、多少不快に思われないことはないにしても、義姉自身の・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・ 三吉があがらぬので、しぜん夫婦もうしろへきてすわっている。「――うちは百姓だけど、兄さんが大工さんだって。もうシゲちゃんもそろそろ、ねェ」 三吉はくらくなってきた足もとをみていた。彼女は紙巻工であった深水の嫁さんの同僚で、深水・・・ 徳永直 「白い道」
・・・ところどころに泥水のたまった養魚池らしいものが見え、その岸に沿うた畦道に、夫婦らしい男と女とが糸車を廻して綱をよっている。その響が虻のうなるように際立って耳につくばかり、あたりは寂として枯蘆のそよぐ音も聞えないのは、日も漸く傾いて、ひとしき・・・ 永井荷風 「元八まん」
・・・手堅にすれば楽な身上であった。夫婦は老いて子がなかった。彼はそこへ行ってから間もなく娵をとった。其家の財産は太十の縁談を容易に成就させたのであった。二 太十が四十二の秋である。彼は遠い村の姻戚へ「マチ呼バレ」といって招かれて・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・夫人がこの家を撰んだのは大に気に入ったものかほかに相当なのがなくてやむをえなんだのか、いずれにもせよこの煙突のごとく四角な家は年に三百五十円の家賃をもってこの新世帯の夫婦を迎えたのである。カーライルはこのクロムウェルのごときフレデリック大王・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・ 浚渫船の胴っ腹にくっついていた胴船の、船頭夫婦が、デッキの上で、朝飯を食っているのが見えた。運転手と火夫とが、船頭に何か冗談を云って、朗かに笑った。 私は静に立ち上った。 そして橋の手すりに肘をついて浚渫船をボンヤリ眺めた。・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・ドンコほど夫婦愛が深く、また、父性愛の強いものはない。産卵期になるといつもアベックだが、卵を産んでしまうと、雌はどこかへ行ってしまう。あとを守るのは雄だ。卵のところを離れず、いつもヒレを動かしながら、水をきれいに交流させる。外敵が来ると、こ・・・ 火野葦平 「ゲテ魚好き」
・・・死んでも平田さんと夫婦にならないじゃおかない。自由にならない身の上だし、自由に行かれない身の上だし、心ばかりは平田さんの傍を放れない。一しょにいるつもりだ。一しょに行くつもりだ。一しょに行ッてるんだ。どんなことがあッても平田さんの傍は放れな・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
出典:青空文庫