・・・してみると統一が劇の必要であると云う趣味から沙翁の作物を見れば失望するにきまっている。あるいは駄作になるかも知れぬ。しかしこれがために統一論の価値がなくなったのではない。その価値がモジフハイされたのであると思う。だからこの条件を充たした劇を・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・と、安岡は失望に似た安堵を感じて、ウトウトした。 と、また、昨夜と同じ人間の体温を頬の辺りに感じた。「確かに寝息をうかがってるんだ!」 だが、彼は今までどおりと同じ調子の寝息を、非常な努力のもとに続けた。 パッと電燈がついた・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・或る地方の好色男子が常に不品行を働き、内君の苦情に堪えず、依て一策を案じて内君を耶蘇教会に入会せしめ、其目的は専ら女性の嫉妬心を和らげて自身の獣行を逞うせんとの計略なりしに、内君の苦情遂に止まずして失望したりとの奇談あり。天下の男子にして女・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・どうぞこの会合をお避けなさらないで、わたくしに失望をおさせなさらないように、くれぐれもお願申します。わたくしはあなたにお目に掛かって、それをたよりにこれからさきの生活を続けようと存じています。それからどうぞ今はいけないから後にしろなんぞとお・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
余の初め歌を論ずる、ある人余に勧めて俊頼集、文雄集、曙覧集を見よという。それかくいうは三家の集が尋常歌集に異なるところあるをもってなり。まず源俊頼の『散木弃歌集』を見て失望す。いくらかの珍しき語を用いたるほかに何の珍しきこ・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・多少失望だ。岩は何という円くなめらかに削られたもんだろう。水苔も生えている。滑るだろうか。滑らない。ゴム靴の底のざりざりの摩擦がはっきり知れる。滑らない。大丈夫だ。さらさら水が落ちている。靴はビチャビチャ云っている。みんないい。それにみんな・・・ 宮沢賢治 「台川」
・・・去年の春の選挙に婦人代議士がどっさり出て、そのことは、知識階級の婦人たちをかえって失望させもした。そして、その騒々しさからは幾歩か身をはなしておいて、政治的には発展せず、政治屋ふうになった一部の婦人のうごきを眺めている気分も感じられる。・・・ 宮本百合子 「明日の知性」
・・・』 そこでかれはだれもかれを信ずるものがないのに失望してますます怒り、憤り、上気あがって、そしてこの一条を絶えず人に語った。 日が暮れかかった。帰路につくべき時になった。かれは近隣のもの三人と同伴して、道すがら糸くずを拾った場所を示・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・それが一昨年太郎兵衛の入牢してからは、とかく孫たちに失望を起こさせるようになった。おばあ様が暮らし向きの用に立つ物をおもに持って来るので、おもちゃやお菓子は少なくなったからである。 しかしこれから生い立ってゆく子供の元気は盛んなもので、・・・ 森鴎外 「最後の一句」
・・・未来に希望をかける事が不都合なら未来に失望する事も同じように不都合です。しかし私たちはただ一つ、生が開展である事を知っています。私たちはただ未来を信じて、現在に努力すればいいのです。努力のための勇気と快活とを奮い起こせばいいのです。現在の小・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫