・・・けれどもお前はじめ五人の子を持ってみると、親の心は奇妙なもので先の先まで案じられてならんのだ。……それにお前は、俺しのしつけが悪かったとでもいうのか、生まれつきなのか、お前の今言った理想屋で、てんで俗世間のことには無頓着だからな。たとえばお・・・ 有島武郎 「親子」
・・・しかし僕自身としては持って生まれた奇妙な潔癖がそれをさせているのだと思う。僕は第四階級が階級一掃の仕事のために立ちつつあるのに深い同情を持たないではいられない。そのためには僕はなるべくその運動が純粋に行なわれんことを希望する。その希望が僕を・・・ 有島武郎 「片信」
・・・には書けなくって、かえって自分で自分を軽蔑するような心持の時か、雑誌の締切という実際上の事情に迫られた時でなければ、詩が作れぬというような奇妙なことになってしまった。月末になるとよく詩ができた。それは、月末になると自分を軽蔑せねばならぬよう・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・私も起って行って見たが、全く何処にも見えない、奇妙な事もあるものだと思ったが、何だか、嫌な気持のするので、何処までも確めてやろうと段々考えてみると、元来この手桶というは、私共が転居して来た時、裏の家主で貸してくれたものだから、もしやと思って・・・ 泉鏡花 「一寸怪」
・・・またそれよりも、真珠の首飾見たようなものを、ちょっと、脇の下へずらして、乳首をかくした膚を、お望みの方は、文政壬辰新板、柳亭種彦作、歌川国貞画――奇妙頂礼地蔵の道行――を、ご一覧になるがいい。 通り一遍の客ではなく、梅水の馴染で、昔から・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・一体椿岳が博覧会に出品するというは奇妙に感ずるが、性来珍らし物好きであったから画名を売るよりは博覧会が珍らしかったのである。俺は貧乏人だから絹が買えないといって、寒冷紗の裏へ黄土を塗って地獄変相図を極彩色で描いた。尤も極彩色といっても泥画の・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ が、清廉を看板にし売物にする結果が貧乏をミエにする奇妙な虚飾があった。無論、沼南は金持ではなかった。が、その社会的位置に相応する堂々たる生活をしていたので、濁富でないまでも清貧を任ずるには余りブールジョア過ぎていた。それにもかかわらず・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・ 今考えると、ステップニャツクと二葉亭とを結び付けるというは奇妙であるが、その時は同型でなくとも何処かに遠い親類ぐらいの共通点があるように思っていた。ステップニャツクの肖像や伝記はその時分まだ知らなかったが、精悍剛愎の気象が満身に張切っ・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ そして、熱心に笛を吹いていますと、一つ一つの穴から出るものは、影も形もない音ではなくて、たしかに、いろいろ奇妙な姿をした、一人一人の人間であるように思われました。 二郎は、目をつぶって笛を吹いていますと、それらの人たちが二郎の身の・・・ 小川未明 「赤い船のお客」
・・・この年とった男は、ランプの下で仕事をしていますと、急にじっとしていたあほう鳥が羽ばたきをして、奇妙な声をたてて、室の中をかけまわりました。いままでこんなことはなかったのです。「おまえは、気でも狂ったのではないか!」と、男は、鳥に向かって・・・ 小川未明 「あほう鳥の鳴く日」
出典:青空文庫