・・・私たちは、やっと、東京の三鷹村に、建築最中の小さい家を見つけることができて、それの完成ししだい、一か月二十四円で貸してもらえるように、家主と契約の証書交して、そろそろ移転の仕度をはじめた。家ができ上ると、家主から速達で通知が来ることになって・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・さればこの場合に之を云々するのは、恰も七十の老翁を捉えて生命保険の加入契約を勧告し、或はまた玉の井の女に向って悪疾の有無を問うにもひとしく、あまりにばかばかし過る事である。是亦車中百花園行を拒むもののなかった理由であろう。わたくし達は、又日・・・ 永井荷風 「百花園」
・・・偕老を契約したる妻が之を争うは正当防禦にこそあれ。或は誤て争う可らざるを争うこともあらん。之を称して悋気深しと言うか。尚お是れにても直に離縁の理由とするに足らず。第五癩病の如き悪疾あれば去ると言う。無稽の甚しきものなり。癩病は伝染性にして神・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・左れば今日両性の気品を高尚にして其交際を広くし、随て結婚の契約をも自由自在ならしめんとするには、唯社会改良の時節を待つのみ。否な、徒に其時節到来を待つに非ず、天下有志の善男善女が躬践実行して実例を示し、以て其時節を作らんこと、我輩の希望し勧・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・をかたに天女を妻とした伯龍が、女の天人性に悩まされて、三ヵ月の契約をこちらから辞そうとしたら「天に偽りなきものを」と居つづけられて、つよい神経衰弱に陥ったという物語は、何と私たちを笑わせ、そこにある一つの実際を肯かせるだろう。 しかしな・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・カジミールは、さんざん嚇かされ、すかされてマリアとの結婚を思いあきらめたが、マリアは、その事で全く居心地の悪くなったZ家からも、契約の期間が終るまでは勝手に立ち去ることができなかった。それからワルソーで暮した月日。思いもかけず、パリにいる姉・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
・・・私たちが、ものをいわされず、書かされないとき、ちょうど節穴から一筋の日光がさしこむようにチラリと洩らされる正義の情、抑圧への反抗は、いわば、人々の間に暗黙のうちに契約となったいくつかの暗号のようなものであった。義太夫ずきの爺さんが、すりへっ・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・自殺の場合、契約後一年――三年は全く支払わず、三年以上の分には多少弔慰金を出す。国鉄の退職金、弔慰金の支払い方法にも非常なひらきがつけられているのだそうである。故人の閲歴から見て、退職金は五十万円ぐらいで、自殺であるとそれっきりであるが、他・・・ 宮本百合子 「権力の悲劇」
・・・労働組合員となって、工場と契約書をとりかわすというときになって、ソヴェト同盟のプロレタリアートで字が書けない ソヴェト同盟内のプロレタリアート、農民の階級的活動と自覚と社会主義建設が進むにつれて、文盲は縮小した。 五ヵ年計画は農村に・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェト同盟の文化的飛躍」
・・・―― この小説をかいたので、『社会評論』に半年契約で書いている女の生活についての感想は四月やすみました。きょうこの手紙を終ってからその支度。 ところで、きょうは風のひどいほかに、私は落付かない心持がして居ります。ほかでもない、あなた・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫