・・・その声は年の七つも若い女学生になったかと思うくらい、はしたない調子を帯びたものだった。自分は思わずSさんの顔を見た。「疫痢ではないでしょうか?」「いや、疫痢じゃありません。疫痢は乳離れをしない内には、――」Sさんは案外落ち着いていた。 ・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・僕はその電車の中にどこか支那の少女に近い、如何にも華奢な女学生が一人坐っていたことを覚えている。 僕等は発行所へはいる前にあの空罎を山のように積んだ露路の左側へ立ち小便をした。念の為に断って置くが、この発頭人は僕ではない。僕は唯先輩たる・・・ 芥川竜之介 「島木赤彦氏」
・・・ 礼法 或女学生はわたしの友人にこう云う事を尋ねたそうである。「一体接吻をする時には目をつぶっているものなのでしょうか? それともあいているものなのでしょうか?」 あらゆる女学校の教課の中に恋愛に関する礼法のない・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・昨日の三重子は、――山手線の電車の中に彼と目礼だけ交換した三重子はいかにもしとやかな女学生だった。いや、最初に彼と一しょに井の頭公園へ出かけた三重子もまだどこかもの優しい寂しさを帯びていたものである。…… 中村はもう一度腕時計を眺めた。・・・ 芥川竜之介 「早春」
・・・と、つい釣込まれたかして、連もない女学生が猪首を縮めて呟いた。 が、いずれも、今はじめて知ったのでは無さそうで、赤帽がしかく機械的に言うのでも分る。 かかる群集の動揺む下に、冷然たる線路は、日脚に薄暗く沈んで、いまに鯊が釣れるから待・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・のお化粧同様である事、真の人間を作るには学問教育よりは人生の実際の塩辛い経験が大切である事、茶屋女とか芸者とかいうような下層に沈淪した女が案外な道徳的感情に富んでいて、率という場合懐ろ育ちのお嬢さんや女学生上りの奥さんよりも遥に役に立つ事を・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・学生の倶楽部や青年の会合には必ず女学生が出席して、才色あるものが女王の位置を占めていた。が、子女の父兄は教師も学校も許す以上はこれを制裁する術がなく、呆然として学校の為すままに任して、これが即ち文明であると思っていた。 自然女学校は高砂・・・ 内田魯庵 「四十年前」
古来例のない、非常な、この出来事には、左の通りの短い行掛りがある。 ロシアの医科大学の女学生が、ある晩の事、何の学科やらの、高尚な講義を聞いて、下宿へ帰って見ると、卓の上にこんな手紙があった。宛名も何も書いてない。「あなたの御関係・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・ 夜が明けると、駅前の闇市が開くのを待って女学生の制服を着た女の子から一箱五円の煙草を買った。箱は光だったが、中身は手製の代用煙草だった。それには驚かなかったが、バラックの中で白米のカレーライスを売っているのには驚いた。日本へ帰れば白米・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ないはずはなかったが、娘の方で来たがらぬのだった。女学生の身でカフェ商売を恥じるのは無理もなかったが、理由はそんな簡単なものだけではなかった。父親を悪い女に奪られたと、死んだ母親は暇さえあれば、娘に言い聴かせていたのだ。蝶子が無理にとせがむ・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
出典:青空文庫