・・・相方は和泉屋の楓と云う、所謂散茶女郎の一人であった。が、彼女は勤めを離れて、心から求馬のために尽した。彼も楓のもとへ通っている内だけ、わずかに落莫とした心もちから、自由になる事が出来たのであった。 渋谷の金王桜の評判が、洗湯の二階に賑わ・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・淫売屋から出てくる自然主義者の顔と女郎屋から出てくる芸術至上主義者の顔とその表れている醜悪の表情に何らかの高下があるだろうか。すこし例は違うが、小説「放浪」に描かれたる肉霊合致の全我的活動なるものは、その論理と表象の方法が新しくなったほかに・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・(森の祠の、金勢明神 話に聞いた振袖新造が――台のものあらしといって、大びけ過ぎに女郎屋の廊下へ出ましたと――狸に抱かれたような声を出して、夢中で小一町駆出しましたが、振向いても、立って待っても、影も形も見えませ・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・槍で脇腹を突かれる外に、樹の上へ得上る身体でもないに、羽ばたきをするな、女郎、手を支いて、静として口をきけ。初の烏 真に申訳のございません、飛んだ失礼をいたしました。……先達って、奥様がお好みのお催しで、お邸に園遊会の仮装がございました・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・その、しなりと俎の下へ伸びた皓々とした咽喉首に、触ると震えそうな細い筋よ、蕨、ぜんまいが、山賤には口相応、といって、猟夫だとて、若い時、宿場女郎の、※も居まいし、第一獣の臭気がしません。くされたというは心持で、何ですか、水に棲むもののような・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・「そうか、その木戸の前に、どこか四ツ谷辺の縁日へでも持出すと見えて、女郎花だの、桔梗、竜胆だの、何、大したものはない、ほんの草物ばかり、それはそれは綺麗に咲いたのを積んだまま置いてあった。 私はこう下を向いて来かかったが、目の前をち・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・第一本当であったらおとよさんは見掛けによらず不埒な女郎だ。いやそんなことがあるもんか。うそだ。うそだうそだと心で言うほど、思いあたる事が出てくる。おとよさんがおれに親切なは今度の稲刈りの時ばかりでない。成東の祭りの時にも考えればおかしかった・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・「そうどすか?」と、細君は亭主の方へ顔を向けた。「まだ女房にしかられる様な阿房やない。」「そやさかい、岩田はんに頼んどるのやおまへんか?」「女郎どもは、まア、あッちゃへ行とれ。」「はい、はい。」 細君は笑いながら、か・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・僕はこう答えたが、心では、「芸者どころか、女郎や地獄の腕前もない奴だ」と、卑しんでいた。「あたいばかり責めたッて、しようがないだろうじゃないか?」吉弥はそのまなじりをつるしあげた。それに、時々、かの女の口が歪む工合は、お袋さながらだと見・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・上で新聞小説を書いて得意になって相方の女に読んで聞かせたり、また或る大家が吉原は何となく不潔なような気がするといいつつも折々それとなく誘いの謎を掛けたり、また或る有名な大家が細君にでもやるような手紙を女郎によこしたのを女郎が得意になってお客・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
出典:青空文庫