・・・ 叔母とその奴婢の輩は、皆玄関に立併びて、いずれも面に愁色あり。弾丸の中に行く人の、今にも来ると待ちけるが、五分を過ぎ、十分を経て、なお書斎より来らざるにぞ、謙三郎はいかにせしと、心々に思える折から、寂として広き家の、遥奥の方よりおとず・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・しかし、やがてシロオテは屋敷の奴婢、長助はる夫婦に法を授けたというわけで、たいへんいじめられた。シロオテは折檻されながらも、日夜、長助はるの名を呼び、その信を固くして死ぬるとも志を変えるでない、と大きな声で叫んでいた。 それから間もなく・・・ 太宰治 「地球図」
・・・どうしても、そのお金を使えないのだ。奴婢の愛。女中部屋の縁のない赤ちゃけた畳、びんつけ油のにおい、竹の行李の底から恥かしき三徳出して、一枚、二枚とくしゃくしゃの紙幣、わが目前にならべられて与えられたような気がして、夜明けと共に、電話した。思・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・私が独立した一個の日本人であって、けっして英国人の奴婢でない以上はこれくらいの見識は国民の一員として具えていなければならない上に、世界に共通な正直という徳義を重んずる点から見ても、私は私の意見を曲げてはならないのです。 しかし私は英文学・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・新参小屋はほかの奴婢の居所とは別になっているのである。 奴頭が出て行くころには、もうあたりが暗くなった。この屋には燈火もない。 ―――――――――――― 翌日の朝はひどく寒かった。ゆうべは小屋に備えてある衾があま・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫