・・・その策如何というに、朝夕主人の言行を厳重正格にして、家人を視ること他人の如くし、妻妾児孫をして己れに事うること奴隷の主君におけるが如くならしめ、あたかも一家の至尊には近づくべからず、その忌諱には触るべからず、俗にいえば殿様旦那様の御機嫌は損・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・十九世紀で暴威を逞くした思索の奴隷になっていたんで、それを弥々脱却する機会に近づいているらしく見える。新理想とか何とか云い出すな、まだレフレクションに捉われてる証拠さ。併しさすがに以前の理想では満足出来ん所から、新理想主義になって来たんだ。・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
・・・人民は共同謀議によって奴隷のように狩りたてられこそしたが、その謀議に参加するだけの自由さえもっていなかったのだから。さらに石川達三の将来に期待するということばの内容は、もっとはっきりいうとどういうことになるのだろう。作家石川達三は、文学者の・・・ 宮本百合子 「新しい潮」
・・・自由を守り、ファシズムと奴隷教育に反対する意志の表現は、誰にとっても基本的人権の問題だし、われわれが税を払って政府を養っている以上それと全くひとしい権利を保証された社会的行動の一つです。 文学者がファシズムに反対し、戦争挑発に反対して現・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・それはすべて奴隷の言葉、奴隷の表現でかかれなければならなかった。文章は曲線的で、暗示的で、常に半分しか表現していない。文章の身ぶりで主題のありどころをさとらそうと努力されている。そういう表現が強いられていたころ、もと書いたソヴェト紹介の文章・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第九巻)」
・・・それはなぜだったろう。奴隷の境遇とその言葉が、ここにある。治安維持法に抵抗しつつ、その悪法について正面から発言できるものは、当時の日本の民衆の間にはおそらくいなかったのであるまいか。獄中で、非転向で、生命を賭してたたかっていた人々のほかには・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
・・・この一刹那には大野も慥かに官能の奴隷であった。大野はその時の事を思い出して、また覚えず微笑した。 大野は今年四十になる。一度持った妻に別れたのは、久しい前の事である。独身で小倉に来ているのを、東京にいるお祖母あさんがひどく案じて、手紙を・・・ 森鴎外 「独身」
・・・アメリカの新しい土地が奴隷を必要としたからである。アフリカは奴隷を供給した。何百、何千の奴隷を、船荷のようにして。しかし人身売買はかなり気の咎める商売である。それには何か口実がなくてはならない。そこでニグロは半ば獣だということにされた。また・・・ 和辻哲郎 「アフリカの文化」
・・・狡猾と虚偽とを享楽するらしい一人の虚無主義者は、自らを彼の奴隷のごとくに感じている。彼を殺そうとした者は死の前に平然たる彼の態度によって、心の底から覆えされた心持ちになる。これらすべては何によって起こるか。人格の上に働きかける力と、その力を・・・ 和辻哲郎 「「自然」を深めよ」
・・・君主と高ぶり奴隷と卑しめらるるは習慣の覊絆に縛されて一つは薔薇の前に据えられ他は荊棘の中に棄てられたにほかならぬ、吾人相互の尊卑はただ内的生命の美醜に定まる。心霊の大なるものが英傑である。幾千万の心霊を清きに救いその霊の住み家たる肉体を汚れ・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫