・・・その男にはわたくしが好い加減な事を申して、今明日の間遠方に参っていさせるように致しました。」 この文句の次に、出会うはずの場所が明細に書いてある。名前はコンスタンチェとして、その下に書いた苗字を読める位に消してある。 この手紙を書い・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・今の世の中の博愛とか、慈善とかいうものは、他人が生活に苦しみ、また境遇に苦しんでいる好い加減の処でそれを救い、好い加減の処でそれを棄てる。そして、終にこの人間に窮局まで達せしめぬ。私はこんな行為を愛ということは出来ぬ。本当の愛があれば、その・・・ 小川未明 「愛に就ての問題」
・・・ 幾度か子供等に催促されて、彼はよう/\腰をおこして、好い加減に酔って、バーを出て電車に乗った。「何処へ行くの?」「僕の知ってる下宿へ」「下宿? そう……」 子供等は不安そうに、電車の中で幾度か訊いた。 渋谷の終点で・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・「人の家へ石など放り込みやがって――誰だ――悪戯も好い加減にしろ――真実に――」 忌々しそうに言いながら、落葉松の垣から屋外を覗いた。悪戯盛りの近所の小娘が、親でも泣かせそうな激しい眼付をして――そのくせ、飛んだ器量好しだが――横手・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・その男にはわたくしが好い加減な事を申して、今明日の間、遠方に参っていさせるように致しました。」 この文句の次に、出会う筈の場所が明細に書いてある。名前はコンスタンチェとして、その下に書いた苗字を読める位に消してある。 第二・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・ こんな好い加減の目の子勘定を並べてありふれの年賀状全廃説を称えていたが、本当はそういう国家社会の問題はどうでもよいので、実際はただせっかくの書きいれ時の冬の休みをこれがために奪われるのが彼の我儘に何より苦痛であったのである。 字を・・・ 寺田寅彦 「年賀状」
・・・音楽の方はかなりまで好い加減に色々に変化させても、やはり同じものとして認め得られるが、人間の言語はそれがただほんのごくわずかでも変形すればもはや全然別のものに変って識別出来なくなってしまうのである。 それはとにかく、講演でも自分のよく知・・・ 寺田寅彦 「ラジオ雑感」
・・・拠立てられる以上、普通の軽薄な売女同様の観をなして、女の貞節を今まで疑っていたのを後悔したものと見えて、再びもとの夫婦に立ち帰って、病妻の看護に身を委ねたというのがモーパサンの小説の筋ですが、男の疑も好い加減な程度で留めておけばこれほどの大・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・無論話すことさえあれば、どこへ行って何をやっても差支ないはずですが、暑中の際そうそう身体も続きませぬから、好い加減のところで断りたいと思っております。しかしこの堺は当初からの約束で是非何か講話をすべきはずになっておりましたから私の方もそれは・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・ きのうの澄み切った空に引き易えて、今朝宿を立つ時からの霧模様には少し掛念もあったが、晴れさえすればと、好い加減な事を頼みにして、とうとう阿蘇の社までは漕ぎつけた。白木の宮に禰宜の鳴らす柏手が、森閑と立つ杉の梢に響いた時、見上げる空から・・・ 夏目漱石 「二百十日」
出典:青空文庫