・・・はる子も寝坊な女であったから、それは好都合だが、一寸話すともう四時すぎる。千鶴子は三十分位で帰らなければならない時があった。夕飯をたべてから弟は夜学に行った。その仕度を彼女はおくらせてはならない。―― もう永年のつき合いで、だが顔を見、・・・ 宮本百合子 「沈丁花」
・・・ 現実に面してひるまない精神ということと、何が出ようとも何とも感じず常にそこから自分にとって一番好都合の部分をかすめとって来る機敏さというものとは、全然別様のものである。歴史に働きかける力としての存在ということも、いつも立役者として舞台・・・ 宮本百合子 「生活者としての成長」
・・・ 道灌山の深い草は、かけまわるにも、その中へしゃがんでかくれるにも好都合で気にいっていたのに、こわいことがあって、わたしたち子供は、もう道灌山へは行かなくなってしまった。 夏のはじまりごろの或る午後だった。上の弟が目をつぶって後向き・・・ 宮本百合子 「道灌山」
・・・映画として観れば、細部に納得の行かぬ点、あまり好都合過ぎる点、カメラの効果の点で疑問がない訳ではなかったが、この作品が昨年度の傑作の一つとなり得たのはポール・ムニの演技がこの科学者の人間的諸感情、情熱をその仕事との綜合でまざまざと生かし得た・・・ 宮本百合子 「ヒューマニズムへの道」
・・・その日は土曜で、翌日が休である為、非常に好都合に行った。 先の家のように、どうせ仮の住居であると云う、先入主を持って居る処は、決して、人の心によい影響は与えない。 引越しの朝八時過、自分は、当然、行くべき処へ戻るとでも云うような、安・・・ 宮本百合子 「又、家」
・・・革命的指導者の最大の徳義は、世界とその国の客観的情勢を自分がそれを好都合と感じるか、感じないかということにかかわらず、革命の課題にそって正確に把握することであるということを理解していた人たちであった。人民とその指導者との間にまごころからの信・・・ 宮本百合子 「三つの愛のしるし」
・・・代議士になり、政権をとるためには、多数が好都合だから、本当は、民主日本の進路を妨げる反動勢力と知りつつ、それに属し、ゴジ論を流布して、当選を当てこんでいる次第であろう。 憲法というものは、明治の日本でも、自由民権の論とその運動とをつぶし・・・ 宮本百合子 「矛盾とその害毒」
・・・労働者階級が、かりに自身の仲間、協働者である農民、小市民、インテリゲンツィアなどの革命的価値を清算主義的に見るならば、抑圧の側にとってこんな好都合なことはなくなる。労働階級は孤立し、孤立は無力を意味し、解放は実現されることがおくれるばかりで・・・ 宮本百合子 「両輪」
・・・ところでわたくしのためにはそれが好都合だったのです。翌日わたくしが急いでオペラ座へ往って見ますと、お母あ様と御夫婦とでちゃんと桟敷にいらっしゃったのですね。 女。そこで。 男。それをあなた平気でわたくしにお聞きになるのですか。 ・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
・・・私の内の Aesthet はそこにきわめて好都合な成長の地盤を見いだしたのである。私の Aesthet は Sollen を肩からはずして、地に投げつけて、朗らかに哄笑した。私は手先が自由になったことを感じた。一夜の内に世界は形を変えた。新・・・ 和辻哲郎 「転向」
出典:青空文庫