一 如月のはじめから三月の末へかけて、まだしっとりと春雨にならぬ間を、毎日のように風が続いた。北も南も吹荒んで、戸障子を煽つ、柱を揺ぶる、屋根を鳴らす、物干棹を刎飛ばす――荒磯や、奥山家、都会離れた国々・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・オサダは眼帯をして変装した。更衣の季節で、オサダは逃げながら袷をセルに着換えた。 × どうなるのだ。私はそれまで既に、四度も自殺未遂を行っていた。そうしてやはり、三日に一度は死ぬ事を考えた。 ×・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・懐手をして肩を揺すッて、昨日あたりの島田髷をがくりがくりとうなずかせ、今月一日に更衣をしたばかりの裲襠の裾に廊下を拭わせ、大跨にしかも急いで上草履を引き摺ッている。 お熊は四十格向で、薄痘痕があッて、小鬢に禿があッて、右の眼が曲んで、口・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・御手討の夫婦なりしを更衣打ちはたす梵論つれだちて夏野かな 前者は過去のある人事を叙し、後者は未来のある人事を叙す。一句の主眼が一は過去の人事にあり、一は未来の人事にあるは二句同一なり、その主眼なる人事が人事中の複雑なるも・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ 更衣所で、男の着る作業服に着かえ、足先を麻の布でくるんで膝までの長靴をはいた。すっぽり作業帽をかぶって待っていると、自分も作業服にかえてドミトロフ君がやって来た。そして、「ホホー」と思わず笑い出した。私も笑った。というのは私は・・・ 宮本百合子 「ドン・バス炭坑区の「労働宮」」
・・・急に女子労務者が激増しても、その条件にふさわしい便所、食堂、更衣室その他の設備を整えることについて、政府はちっとも工場主を監督し激励するところがなかった。彼等の利潤追求におもねるばかりであった。 食糧は規格統制に従って配給されるようにな・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
出典:青空文庫