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・・・八百屋お七は家を焼いたらば、再度思う人に逢われることと工夫をしたのであるが、吾々二人は妻戸一枚を忍んで開けるほどの智慧も出なかった。それほどに無邪気な可憐な恋でありながら、なお親に怖じ兄弟に憚り、他人の前にて涙も拭き得なかったのは如何に気の・・・
伊藤左千夫
「野菊の墓」
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・・・かの音はこの妻戸の後から出るようである。戸の下は二寸ほど空いていたがそこには何も見えなかった。 この音はその後もよく繰返された。ある時は五六分続いて自分の聴神経を刺激する事もあったし、またある時はその半にも至らないでぱたりとやんでしまう・・・
夏目漱石
「変な音」