・・・途中でやめずにゆっくり話さなくてはいけない。初めは本当の事のように活溌な調子で話すがよい。末の方になったら段々小声にならなくてはいけない。 一 町なかの公園に道化方の出て勤める小屋があって、そこに妙な男がいた。名をツ・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・竹藪に伏勢を張ッている村雀はあらたに軍議を開き初め、閨の隙間から斫り込んで来る暁の光は次第にあたりの闇を追い退け、遠山の角には茜の幕がわたり、遠近の渓間からは朝雲の狼煙が立ち昇る。「夜ははやあけたよ。忍藻はとくに起きつろうに、まだ声をも出だ・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・彼はいつも子供の宿ったときに限ってするように、また今日も五号の部屋の前を往ったり来たりし始めた。次には小さな声で歌を唄った。暫くして、彼はソッと部屋の中を覗くと、婦人がひとり起きて来て寝巻のまま障子を開けた。「坊ちゃんはいい子ですね。あ・・・ 横光利一 「赤い着物」
・・・ 初めての郵便車が停車場へ向いて行くのに出逢って、フィンクは始めて立ち留まった。そして帽を脱いだ。 頭の上の菩提樹の古木の枝が、静かに朝風に戦いでいる。そして幾つともなく、小さい、冷たい花をフィンクの額に吹き落すのである。・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・ダガネ、モウ少し過ぎると僕は船乗になって、初めて航海に行くんです。実に楽みなんです。どんな珍しいものを見るかと思って……段々海へ乗出して往く中には、為朝なんかのように、海賊を平らげたり、虜になってるお姫さまを助けるような事があるかも知れませ・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・ 自分はこの書を読み始めた時に、巻頭においてまず強い激動を受けた。それは自分がアフリカのニグロについて何も知らなかったせいでもあるが、また同時に英米人の祖先たちがアフリカに対して何をなしたかを知らなかったせいでもある。自分はここにその個・・・ 和辻哲郎 「アフリカの文化」
出典:青空文庫