・・・沼南の味も率気もない実なし汁のような政治論には余り感服しなかった上に、其処此処で見掛けた夫人の顰蹙すべき娼婦的媚態が妨げをして、沼南に対してもまた余りイイ感じを持たないで、敬意を払う気になれなかった。 が、この不しだらな夫人のために泥を・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・相手かまわぬ媚態。ばかな自惚れ。その他、女性のあらゆる悪徳を心得ているつもりでいたのであります。女で無ければわからぬ気持、そんなものは在り得ない。ばかばかしい。女は、決して神秘でない。ちゃんとわかっている。あれだ。猫だ。と此の芸術家は、心の・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・私は、くにゃくにゃと、どやしつけてやりたいほど不潔な、醜女の媚態を以て立ち上り、とっさのうちに考えた。Dの名前は出したくない。Dって、なんだいと馬耳東風、軽蔑されるに違いない。私の作品が可哀そうだ、読者にすまない。K町の辻馬の末弟です。と言・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・清長型、国貞型、ガルボ型、ディートリヒ型、入江型、夏川型等いろいろさまざまな日本婦人に可能な容貌の類型の標本を見学するには、こうした一様なユニフォームを着けた、そうしてまだ粉飾や媚態によって自然を隠蔽しない生地の相貌の収集され展観されている・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・本当の銀座の鋪道であんな大声であんな媚態を演じるものがあったら狂女としか思われないであろうが、ここは舞台である。こうしないと芝居にならないものらしい。隣席の奥様がその隣席の御主人に「あれはもと築地に居た女優ですよ。うまいわねえ」と賞讃してい・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
・・・しなしなと微風に撓む帽子飾の陰から房毛をのぞかせて、笑いながら扇を上げる女性の媚態も見られます。 けれども此村は只其丈の単純さではございません。女達が華やかに笑いさざめいて行き交う街道の一重彼方には、まるで忘られたような、祖先のインディ・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ 顔の前に短く垂れた面紗のように、空虚・無目的性をこの人生の前面に装飾的にかけて、その気分を持って廻るのであったら、そこには矢張り新しいようで実は大変に旧套であるところの若い女の人生への気力の弱い媚態があるのだと思う。人間は勁い、複雑な・・・ 宮本百合子 「私たちの社会生物学」
出典:青空文庫