・・・ところが毎朝通る道筋の角に柳屋という豆腐屋がある、其処の近所に何時も何時も大きな犬が寐転んで居る。子供の折は犬が非常に嫌いでしたから、怖々に遠くの方を通ると、狗は却って其様子を怪んで、ややもすると吠えつく。余り早いので人通は少し、これには実・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・それでも胸につけてある番号のきれをいじりながら、自分の子供を眼を細くして見ていた。そして半分テレながら、赤ん坊の頬ぺたを突ッついたりして、大きな声を出して笑った。 帰り際に、「これで俺も安心した。俺の後取りが出来たのだから、卑怯な真・・・ 小林多喜二 「父帰る」
子供らは古い時計のかかった茶の間に集まって、そこにある柱のそばへ各自の背丈を比べに行った。次郎の背の高くなったのにも驚く。家じゅうで、いちばん高い、あの子の頭はもう一寸四分ぐらいで鴨居にまで届きそうに見える。毎年の暮れに、・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・あのあたりの家はみな暖かい巣のような家であって、明るい人懐かしげな窓の奥からは折々面白げに外を見ている女の首が覗いたり、または清い苦労のなさそうな子供の笑声が洩れるのであった。老人はそういう家を一軒一軒心配げな、物を試すような、熱のある目で・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・それでいてまだずいぶん子供のようなところがあるんですからね」「私だって何だか、はじめて会った人のようには思えませんよ。――まだ永く逗留するんですか」「あの娘ですか。そうですね……いったい今度こちらへまいったというのが……」 しま・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・そして子供でも出来ようもんなら、それは好くってよ。そんなことはお前さんには分からないわね。御覧よ。内のちび達にこれを遣るのだわ。これがリイザアのよ。好い人形でしょう。目をくるくる廻して、首がどっちへでも向くの・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・スバーは、極く小さい子供の時から、神が何かの祟りのように自分を父の家にお遣しになったのを知っていたのでなみの人々から遠慮し、一人だけ離れて暮して行こうとしました。若し皆が、彼女のことをすっかり忘れ切って仕舞っても、スバーは、ちっとも其を辛い・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・ 緒方サンニハ、子供サンガアッタネ。 秋ニナルト、肌ガカワイテ、ナツカシイワネ。 飛行機ハ、秋ガ一バンイイノデスヨ。 これもなんだか意味がよくわからぬが、秋の会話を盗み聞きして、そのまま書きとめて置いたものらしい。 また・・・ 太宰治 「ア、秋」
・・・軽はずみの中にさえ、子供めいた、人の好げな処がある。物を遣れば喜ぶ。装飾品が大好きである。それはこの女には似合わしい事である。さてそんならその贈ものばかりで、人の自由になるかと云うと、そうではない。好きな人にでなくては靡かない。そしてきのう・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・かれの頭はいつか子供の時代に飛び返っている。裏の入江の船の船頭が禿頭を夕日にてかてかと光らせながら子供の一群に向かってどなっている。その子供の群れの中にかれもいた。 過去の面影と現在の苦痛不安とが、はっきりと区画を立てておりながら、しか・・・ 田山花袋 「一兵卒」
出典:青空文庫