・・・聖処女の肉によらずして救主を孕み給いし如く、汝ら心の眼さときものは聖霊によりて諸善の胎たるべし。肉の世の広きに恐るる事勿れ。一度恐れざれば汝らは神の恩恵によりて心の眼さとく生れたるものなることを覚るべし」 クララは幾度もそこを読み返・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・側は漂渺たる隅田の川水青うして白帆に風を孕み波に眠れる都鳥の艪楫に夢を破られて飛び立つ羽音も物たるげなり。待乳山の森浅草寺の塔の影いづれか春の景色ならざる。実に帝都第一の眺めなり。懸茶屋には絹被の芋慈姑の串団子を陳ね栄螺の壼焼などをも鬻ぐ。・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・ 孕み女が転んだとて、容赦なんぞはいるもんか。ヴィンダー ――ところで、妙な軍装の奴が現れたぞ。今のところでは俺の味方に廻って、壊しやの手先になって呉れる奴か、或は又逆に鉾を向けて、所謂文明の擁護をする奴か、一寸見分けがつかぬ。ミー・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・嘘で塗り固めた権力と表面の統一のもとに国内生活は恐ろしい破綻を孕み、戦局は一刻一刻と敗退の途を辿りながら昭和二十年の夏が来たのであった。 終って 一九四五年八月十五日。日本は無条件降伏をもって太平洋戦争を終結し・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
出典:青空文庫