・・・けれども、私も一旦おうと引受て、かくまったからには、御存分にと出すことあ出来ない。たってというなら、先ずこの私を切るなりつくなりしてからにしておくんなさい」 ふむ。――侠客の女房で、逆を行ったのもあった。あくまでいないとしらを切り抜くの・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・ 地獄の絵のかかって居るところ、短刀のあるところ、女の力の存分に振りまわされる所にたった一人男と云うまるで違った気持と体をもった自分が居ると云うことはキュッと一〆にくびられてしまいそうな、ほんとうに首をほうられそうな気がしてならなかった・・・ 宮本百合子 「お女郎蜘蛛」
・・・本校の生徒と云うと、皆、四方八方から体を押さえつけられ、はっと息をつめ、真正面を向いたきり、声も思う存分には出せないと云う風に見えた。ぎごちなく、醜く、その上、頭も活溌でないと云う酷評が、そう酷評でもない程に、少女時代の私の胸にはうとましく・・・ 宮本百合子 「弟子の心」
ここに一個の人物がある。自分のしたい存分をやって、しかもその行為の責任を問い批判する権利をもっている人々の眼、口、耳をおおうために、そこにある報道能力を奪うとしたら、社会の常識は、そういうやりかたを何という名でよぶだろう。・・・ 宮本百合子 「平和をわれらに」
・・・決して、たっぷりと開花し、芳香と花粉とを存分空中に振りまいて、実り過ぎて軟くなり、甘美すぎてヴィタミンも失ったその実が墜ちたという工合ではない。謂わば、条件のよくない風土に移植され、これ迄伸び切ったこともない枝々に、辛くも実らしいものをつけ・・・ 宮本百合子 「よもの眺め」
・・・ とくに今日の日本の現象として注目されることは、多くの若い評論家群が、自身の理論活動によって、これまで抑えに抑えられていた自分というものを存分に働かしてみたい本能的な欲望にうごかされているように思えることではなかろうか。日本じゅうの人民・・・ 宮本百合子 「両輪」
・・・どうぞ御存分になすって下さい。」「好く言った」と九郎右衛門は答えた。そしてりよと文吉とに目ぐわせして虎蔵の縄を解いた。三人が三方からじりじりと詰め寄った。 縄をほどかれて、しょんぼり立っていた虎蔵が、ひょいと物をねらう獣のように体を・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
出典:青空文庫