・・・我我の社会は奴隷なしには一日も安全を保し難いらしい。現にあのプラトオンの共和国さえ、奴隷の存在を予想しているのは必ずしも偶然ではないのである。 又 暴君を暴君と呼ぶことは危険だったのに違いない。が、今日は暴君以外に奴隷を・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・と呼んだのを思い出し、この十字架のかかった屋根裏も安全地帯ではないことを感じた。「如何ですか、この頃は?」「不相変神経ばかり苛々してね」「それは薬でも駄目ですよ。信者になる気はありませんか?」「若し僕でもなれるものなら……」・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・ある人が部屋の中を照らそうとして電燈を買って来た時、路上の人がそれを奪って往来安全の街燈に用いてさらに便利を得たとしても、電燈を買った人はそれを自分の功績とすることはできない。その「することはできない」という覚悟をもって自分の態度にしたいも・・・ 有島武郎 「片信」
・・・公民たるこっちとらが社会の安全を謀るか、それとも構わずに打ち遣って置くかだ。」 こんな風な事をもう少ししゃべった。そして物を言うと、胸が軽くなるように感じた。「実に己は義務を果すのだ」と腹の内で思った。始てそこに気が附いたというよう・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・が、――諺に、火事の折から土蔵の焼けるのを防ぐのに、大盥に満々と水を湛え、蝋燭に灯を点じたのをその中に立てて目塗をすると、壁を透して煙が裡へ漲っても、火気を呼ばないで安全だと言う。……火をもって火を制するのだそうである。 ここに女優たち・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・この前日、夫人像出来、道中安全、出荷という、はがきの通知をうけていた。 のち二日目の午後、小包が届いたのである。お医師を煩わすほどでもなかった。が、繃帯した手に、待ちこがれた包を解いた、真綿を幾重にも分けながら。 両手にうけて捧げ参・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・ 悲しくつらく玉の緒も断えんばかりに危かりし悲惨を免れて僅かに安全の地に、なつかしい人に出逢うた心持ちであろう。限りなき嬉しさの胸に溢れると等しく、過去の悲惨と烈しき対照を起こし、悲喜の感情相混交して激越をきわむれば、だれでも泣くよりほ・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・も亦一つの職業であって封建の家禄世襲制度の恩沢を蒙むって此の武士という職業が維持せられたればこそ日本の大道楽なるかの如く一部の人たちに尊奉せらるゝ武士道が大成したので、若し武士が家禄を得る道なく生活の安全を保証されなかったなら武士道如きは既・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・ まったく、まりは、いまは雲の上にいて安全でありましたけれど、毎日、毎日、仕事もなく、運動もせず、単調に倦いていました。そして、だんだん地の上が恋しくなりはじめたのでありました。 まりは、地上に帰ろうかと考えました。そのとき、風は、・・・ 小川未明 「あるまりの一生」
・・・ それを察した相手が、安全なうちにと、暇をいただきたい旨言い出すと、お前は、「――どうして、そんなこと言うんです。×子さん、何故、居て下さらんのか」 と、ぼろぼろ泪をこぼして、浅ましい。嘘の泪が本当とすれば、恐らく折角手折ろうと・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
出典:青空文庫