・・・妓に裏切られた時に完膚なきまでに傷ついた自尊心の悩みに駆りたてられていた。熱が七度五分ぐらいまでに下ると、いきなり寝床を飛びだし、お君の止めるのもきかず、外へ出た。谷町九丁目の坂道を降りて千日前へ出た。珍しく霧の深い夜で、盛り場の灯が空に赤・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ジュリアン・バンダがフランス本国から近著した雑誌で、ヴァレリイ、ジイド等の大家を完膚なきまでに否定している一方、ジャン・ポール・サルトルがエグジスタンシアリスムを提唱し、最近巴里で機関誌「現代」を発行し、巻頭に実存主義文学論を発表している。・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・彼女の男性嘲笑は、その結婚に依り、完膚無きまでに返報せられた。婚礼の祝宴の夜、アグリパイナは、その新郎の荒飲の果の思いつきに依り、新郎手飼の数匹の老猿をけしかけられ、饗筵につらなれる好色の酔客たちを狂喜させた。新郎の名は、ブラゼンバート。も・・・ 太宰治 「古典風」
・・・ ここに於いて、かの落第生伊村君の説は、完膚無き迄に論破せられたわけである。伊村説は、徹頭徹尾誤謬であったという事が証明せられた。ウソであったのである。私は、サタンでなかったのである。へんな言いかたであるが、私は、サタンほど偉くはない。・・・ 太宰治 「誰」
・・・ 金銭争奪とブルジョア階級の資本の集積のためにとられる結婚制度から殖民政策に到るまでの諸手段とその過程を、バルザックは完膚なく文学に描き出し、その点では全くマルクスやエンゲルスにとってさえも有益で具体的な資料を与えた。然しながら、バルザ・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
出典:青空文庫