・・・「十万円は定期で預けていて、引き出せんのじゃないかね」「しつこいね。僕は生れてから今日まで、銀行へ金を預けたためしはないんだ。銀行へ預ける身分になりたいとは女房の生涯の願いだったが、遂に銀行の通帳も見ずに死んでしまったよ」「ふー・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・ お茶の水では定期を買った。これから毎日学校へ出るとして一日往復いくらになるか電車のなかで暗算をする。何度やってもしくじった。その度たびに買うのと同じという答えが出たりする。有楽町で途中下車して銀座へ出、茶や砂糖、パン、牛酪などを買った・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・ この某町から我村落まで七里、もし車道をゆけば十三里の大迂廻になるので我々は中学校の寄宿舎から村落に帰る時、決して車に乗らず、夏と冬の定期休業ごとに必ず、この七里の途を草鞋がけで歩いたものである。 七里の途はただ山ばかり、坂あり、谷・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・ この南東を海に面して定期船の寄港地となっている村の風物雰囲気は、最近壺井栄氏の「暦」「風車」などにさながらにかかれているところであるが、瀬戸内海のうちの同じ島でも、私の村はそのうちの更に内海と称せられる湖水のような湾のなかにあるので、・・・ 黒島伝治 「短命長命」
・・・彼はもどろうか、と瞬間思った。定期券を持っていたからこれから走って間に合うかもしれなかった。彼は二、三歩もどった。がそうしながらもあやふやな気があった。笛が鳴った。ガタンガタンという音が前方の方から順次に聞えてきて、列車が動きだした。そうな・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・という意味から出て、それから日刊の印刷物、ひいてはあらゆる定期的週期的刊行物を意味することになったのだそうである。そういう出版物を経営し、またその原稿を書いて衣食の料として生活している人がジャーナリストであり、そういう人の仕事がすなわちジャ・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・もなる使命は純学術的よりはむしろより多く経済的なものであって、それも単にロシアの氷海を太平洋に連絡させるというのみでなく、莫大な富源の宝庫ヤクーツクの関門と見るべきレナ河口と、ドヴィナ湾との間に安全な定期航路を設定しようというのだそうである・・・ 寺田寅彦 「北氷洋の氷の割れる音」
・・・ 帝国劇場のオペラは斯くの如くして震災後に到っては年々定期の演奏をなすようになった。最初の興行より本年に到って早く既に九年を過ぎている。此の間に露西亜バレエの一座も亦来って其技を演じた。九年の星霜は決して短きものではない。西欧のオペラ及・・・ 永井荷風 「帝国劇場のオペラ」
・・・温泉地からそれらの町へは、いずれも直通の道路があって、毎日定期の乗合馬車が往復していた。特にその繁華なU町へは、小さな軽便鉄道が布設されていた。私はしばしばその鉄道で、町へ出かけて行って買物をしたり、時にはまた、女のいる店で酒を飲んだりした・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・ ニージュニ・ノヴゴロド市には、夏になると、昔から有名な定期市が立った。ペルシャの商人までそこに出て来て、何百万ルーブリという取引がある。ニージュニ・ノヴゴロド市の埠頭、嘗てゴーリキーが人足をしたことのある埠頭から、ヴォルガ航行の汽船が・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
出典:青空文庫