・・・このあとで僕の写真を見せたら、一体君の顔は三角定規を倒にしたような顔だのに、こう髪の毛を長くしちゃ、いよいよエステティッシュな趣を損うよ。と、入らざる忠告を聞かされた。 蔵六が帰った後で夕飯に粥を食ったが、更にうまくなかった。体中がいや・・・ 芥川竜之介 「田端日記」
・・・人を殺せば自分も死なねばならぬというまず世の中に定規があるから、我身を投出して、つまり自分が死んでかかって、そうしてその憎い奴を殺すのじゃ。誰一人生命を惜まぬものはない、活きていたいというのが人間第一の目的じゃから、その生命を打棄ててかかる・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・ とにかく、見る眼の相違で同じものの長短遠近がいろいろになったり、二本の棒切れのどちらが定規でどちらが杓子だか分らなくなったりするためにこの世の中に喧嘩が絶えない。しかし、またそのおかげで科学が栄え文学が賑わうばかりでなく、批評家といっ・・・ 寺田寅彦 「観点と距離」
・・・ 定規のようなものが一把ほどあるがそれがみんな曲りくねっている。升や秤の種類もあるが使えそうなものは一つもない。鏡が幾枚かあるがそれらに映る万象はみんなゆがみ捻れた形を見せる。物差のようなもので半分を赤く半分を白く塗り分けたものがある。・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・きればいい訳だが、惜しい哉この比較をするだけの材料、比較をするだけの頭、纏めるだけの根気がないために、すなわち門外漢であるがために、どうしても角度を知ることができないために、上下とか優劣とか持ち合せの定規で間に合せたくなるのは今申す通り門外・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・主実主義を卑んじて二神教を奉じ、善は悪に勝つものとの当推量を定規として世の現象を説んとす。是れ教法の提灯持のみ、小説めいた説教のみ。豈に呼で真の小説となすにたらんや。さはいえ摸写々々とばかりにて如何なるものと論定めておかざれば、此方にも胡乱・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・『万葉』の作者が歌を作るは用語に制限あるにあらず、趣向に定規あるにあらず、あらゆる語を用いて趣向を詠みたるものすなわち『万葉』なり。曙覧が新言語を用い新趣味を詠じ毫も古格旧例に拘泥せざりしは、なかなかに『万葉』の精神を得たるものにして、『古・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・ぼくは杭を借りて来て定規をあてて播いた。種子が間隔を正しくまっすぐになった時はうれしかった。いまに芽を出せばその通り青く見えるんだ。学校の田のなかにはきっとひばりの巣が三つ四つある。実習している間になんべんも降りたのだ。けれども飛びあがると・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・ 宇宙の真、美が、すべて直線で定規で引いた様には出来て居ない。 ――○―― 自分の専門以外の事について、あまり明らからしい批評的な又、断定的な言葉を放つものではない。 大抵の時には、悪い結果のみを多く得るもの・・・ 宮本百合子 「雨滴」
・・・口の中には沢山のバチルスをもっているというようなことは子供の時から教えられて居る、そういうスローガンが衛生教育の一つの定規になっている位だ。 * 共産青年団員は握手はしない。ピオニェルも握手しない。それで先ず・・・ 宮本百合子 「ソヴェトに於ける「恋愛の自由」に就て」
出典:青空文庫