・・・その代り鬼が島を征伐しても宝物は一つも分けてやらないぞ。」 欲の深い猿は円い眼をした。「宝物? へええ、鬼が島には宝物があるのですか?」「あるどころではない。何でも好きなものの振り出せる打出の小槌という宝物さえある。」「では・・・ 芥川竜之介 「桃太郎」
・・・ お蝋燭を、というと、爺が庫裡へ調達に急いだ――ここで濫に火あつかいをさせない注意はもっともな事である――「たしかに宝物。」 憚り多いが、霊容の、今度は、作を見ようとして、御廚子に寄せた目に、ふと卯の花の白い奥に、ものを忍ばすよ・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・……加うるに、紫玉が被いだ装束は、貴重なる宝物であるから、驚破と言わばさし掛けて濡らすまいための、鎌倉殿の内意であった。 ――さればこそ、このくらい、注意の役に立ったのはあるまい。―― あわれ、身のおき処がなくなって、紫玉の裾が法壇・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・世間は既に政治小説に目覚めて、欧米文学の絢爛荘重なるを教えられて憧憬れていた時であったから、彼岸の風を満帆に姙ませつつこの新らしい潮流に進水した春廼舎の『書生気質』はあたかも鬼ガ島の宝物を満載して帰る桃太郎の舟のように歓迎された。これ実に新・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・よく見ると、それは、みんな星ではなく、金貨に、銀貨に、宝石や、宝物の中に自分はすわっているのである。もう、こんなうれしいことはない。 彼は、りっぱな家を持って、その家の主人となっていました。 あくる日、木の枝でからすがなきました。ち・・・ 小川未明 「北の国のはなし」
・・・支那の古俗では、身分のある死者の口中には玉を含ませて葬ることもあるのだから、酷い奴は冢中の宝物から、骸骨の口の中の玉まで引ぱり出して奪うことも敢てしようとしたこともあろう。いけんあたりとか聞いたが、今でも百姓が冬の農暇になると、鋤鍬を用意し・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・木沢殿所持の宝物は木沢殿から頂戴して遣わす。宜いではござらぬか、木沢殿。失礼ながら世に宝物など申すは、いずれ詰らぬ、下らぬもの。心よく呉れて遣って下されい。我等同志がためになり申す。……黙然として居らるるは……」「不承知と申したら何とな・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・ そのたった一枚の毛布は、女房が宝物のように大事にしているものなのだ。所謂「立派な」家にいま住んでいるから、私たちには何でもあり余っているように、彼に思われているのだろうか。私たちは、不相応の大きい貝殻の中に住んでいるヤドカリのようなも・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・ あの言葉、この言葉、三十にちかき雑記帳それぞれにくしゃくしゃ満載、みんな君への楽しきお土産、けれども非運、関税のべら棒に高くて、あたら無数の宝物、お役所の、青ペンキで塗りつぶされたるトタン屋根の倉庫へ、どさんとほうり込まれて、ぴし・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・その時に見た宝物や襖の絵などはもう大概きれいに忘れてしまっているが、その時の案内者の一種の口調と空虚な表情とだけは今でも頭の底にありありと残っている。 その時に一つ困った事は、私がたとえばある器物か絵かに特別の興味を感じて、それをもう少・・・ 寺田寅彦 「案内者」
出典:青空文庫