・・・もと支那の皇帝であられた宣統帝は、今では何の収入もない境ぐうにいられる中から、手もとにありたけの一万元を寄附された上、今後の生活費として売りはらうつもりでいられた高貴な宝石、道具二十余点を売って十五万元のお金をよこされました。 そのほか・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・そう、そう、私共のス、あの宝石の光り輝く市の王様の、たった一人娘のスを! けれども、其那工合には行きません。それは出来ないことでした。真個にそれ等の事も出来ないと云うのではありませんが、スは、水の世界パタルプールの宮殿へ生れないで、バニカン・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・ これらの作品はすべて、私自身にとっても思い出の深い作品ばかりであり、いまその目次を一つ一つ書き写していたら、世にめずらしい宝石を一つ一つ置き並べるような気持がした。 朽助は、乳母車を押しながら、しばしば立ちどまって帯をしめなおす癖・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・この第十六巻一冊でも、以上のような、さまざまの傑作あり、宝石箱のようなものであって、まだ読まぬ人は、大急ぎで本屋に駈けつけ買うがよい、一度読んだ人は、二度読むがよい、二度読んだ人は、三度読むがよい、買うのがいやなら、借りるがよい、その第十六・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・そうして聖書の小さい活字の一つ一つだけが、それこそ宝石のようにきらきら光って来るから不思議です。あの温泉宿で、ただ、うろうろして一枚の作品も書けず、ひどく無駄をしたような気持でしたが、でも、いまになって考えると聖書を毎日読んだという事だけで・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・白い襟首、黒い髪、鶯茶のリボン、白魚のようなきれいな指、宝石入りの金の指輪――乗客が混合っているのとガラス越しになっているのとを都合のよいことにして、かれは心ゆくまでその美しい姿に魂を打ち込んでしまった。 水道橋、飯田町、乗客はいよいよ・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・ しかし、結局、文楽や俳諧のようなものは、西洋人には立ち入ることのできない別の世界の宝石であろう。そうして、西洋の芸術理論家は、こういうものの存在を拒絶した城郭にたてこもって、その城郭の中だけに通用する芸術論を構成し祖述し、それが東洋に・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・…… 夕飯後に甲板へ出て見るとまっ黒なホンコンの山にはふもとから頂上へかけていろいろの灯がともって、宝石をちりばめた王冠のようにキラキラ光っている。ルビーやエメラルドのような一つ一つの灯は濃密な南国の夜の空気の奥にいきいきとしてまたたい・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ブンゼン燈のバリバリと音を立てて吹き付ける焔の輻射をワイシャツの胸に受けながらフラスコの口から滴下する綺麗な宝石のような油滴を眺めているのは少しも暑いものではなかった。 夕方井戸水を汲んで頭を冷やして全身の汗を拭うと藤棚の下に初嵐の起る・・・ 寺田寅彦 「夏」
・・・はでな織模様のある緞子の長衣の上に、更にはでな色の幅びろい縁を取った胴衣を襲ね、数の多いその釦には象眼細工でちりばめた宝石を用い、長い総のついた帯には繍取りのあるさまざまの袋を下げているのを見て、わたくしは男の服装の美なる事はむしろ女に優っ・・・ 永井荷風 「十九の秋」
出典:青空文庫