・・・――ご紋は――――牡丹―― 何、描かせては手間がとれる……第一実用むきの気といっては、いささかもなかったからね。これは、傘でもよかったよ。パッと拡げて、菊を持ったお米さんに、背後から差掛けて登れば可かった。」「どうぞ・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
一 根本的用意とは何か 一概に文章といっても、その目的を異にするところから、幾多の種類を数えることが出来る。実用のための文書、書簡、報道記事等も文章であれば、自己の満足を主とする紀行文、抒情叙景文、論文等も文章である。 こゝ・・・ 小川未明 「文章を作る人々の根本用意」
・・・催眠剤に使用される珈琲は結局実用的珈琲だが、今日の大阪もついに実用的大阪になり下ってしまったのだろうか。 しかし大阪はもともと実用的だったとひとは言うだろう。違う。大阪以外の土地が非実用的すぎただけで、大阪には味も香もあったのだ。しかも・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・ 日本文学は、たいへん実用的である。文章報国。雨乞いの歌がある。ユウモレスクなるものと遠い。国体のせいである。日本刀をきたえる気持ちで文を草している。一筆三拝。 文章を無為に享楽する法を知らぬ。やたらに深刻をよろこぶ。ナンセ・・・ 太宰治 「古典竜頭蛇尾」
・・・ほとんど一世紀以前、日本の片隅に於て活版術を実用化せしもの既にありといっても過言で無い。そのほか、勾当の逸事は枚挙に遑なし。盲人一流の芸者として当然の事なれども、触覚鋭敏精緻にして、琉球時計という特殊の和蘭製の時計の掃除、修繕を探りながら自・・・ 太宰治 「盲人独笑」
・・・それでも実用上の多くの問題には実際差支えがなかったのである。ところが近代になって電子などというものが発見され、あらゆる電磁気や光熱の現象はこの不思議な物の作用に帰納されるようになった。そしてこの物が特別な条件の下に驚くべき快速度で運動する事・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・その代り生徒に何かしら実用になる手工を必修させ、指物なり製本なり錠前なりとにかく物になるだけに仕込んでやりたいという考えである。これに対してモスコフスキーが、一体それは腕を仕込むのが主意か、それとも民衆一般との社会的連帯の感じを持たせるため・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・昔の人間でも貝原益軒や講談師の話の引き合いに出る松浦老侯のごときはこれと同じ種類に属する若返り法を研究し実行したらしいようであるが、それらの方法は今日一般にはどうも実用的でない。これに反してここで言うところの「映画による若返り法」はきわめて・・・ 寺田寅彦 「映画と生理」
・・・また科学者がこのような新しい事実に逢着した場合に、その事実の実用的価値には全然無頓着に、その事実の奥底に徹底するまでこれを突き止めようとすると同様に、少なくも純真なる芸術が一つの新しい観察創見に出会うた場合には、その実用的の価値などには顧慮・・・ 寺田寅彦 「科学者と芸術家」
・・・植物学者ブラウンの物好きな研究はいったん世に忘れられたが、近年に到って分子説の有力な証拠として再び花が咲いたのである。実用方面でも幾多の類例がある。ガリレーの空気寒暖計は発明後間もなく棄てられたが、今日の標準はまた昔のガス寒暖計に逆戻りした・・・ 寺田寅彦 「科学上の骨董趣味と温故知新」
出典:青空文庫