・・・ですから彼が三十分ばかり経って、会社の宴会とかへ出るために、暇を告げて帰った時には、私は思わず立ち上って、部屋の中の俗悪な空気を新たにしたい一心から、川に向った仏蘭西窓を一ぱいに大きく開きました。すると三浦は例の通り、薔薇の花束を持った勝美・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
(一しょに大学を出た親しい友だちの一人に、ある夏の午後京浜電車の中で遇 この間、社の用でYへ行った時の話だ。向うで宴会を開いて、僕を招待してくれた事がある。何しろYの事だから、床の間には石版摺りの乃木大将の掛物がかかって・・・ 芥川竜之介 「片恋」
・・・あるいは商売附合いの宴会へも父親の名代を勤めさせる――と云った具合に骨を折って、無理にも新蔵の浮かない気分を引き立てようとし始めました。そこでその日も母親が、本所界隈の小売店を見廻らせると云うのは口実で、実は気晴らしに遊んで来いと云わないば・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・実はね、あるその宴会の席で、その席に居た芸妓が、木曾の鶫の話をしたんです――大分酒が乱れて来て、何とか節というのが、あっちこっちではじまると、木曾節というのがこの時顕われて、――きいても可懐しい土地だから、うろ覚えに覚えているが、何とかって・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・主人の姉――名はお貞――というのが、昔からのえら物で、そこの女将たる実権を握っていて、地方有志の宴会にでも出ると、井筒屋の女将お貞婆さんと言えば、なかなか幅が利く代り、家にいては、主人夫婦を呼び棄てにして、少しでもその意地の悪い心に落ちない・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・いまあちらの野原で、その宴会が開かれているのでないかと思いました。もし、そうだったら、おじいさんは、きつねにだまされて、どこへかいってしまいなされたのだろうと思って、太郎は、熱心に、あちらこちらの野原の方を見やっていました。 ろうそくの・・・ 小川未明 「大きなかに」
・・・去年の春、御殿にお客がありまして、ご宴会のございましたときに、殿さまから、お姫さまに歌をうたって舞うようにとのご命令がありました。あの女は、そんな歌も知らなければ、また舞いもできませんでした。それを知らぬというわけにもいかず、その前夜、井戸・・・ 小川未明 「お姫さまと乞食の女」
・・・ヤトナというのはいわば臨時雇で宴会や婚礼に出張する有芸仲居のことで、芸者の花代よりは随分安上りだから、けちくさい宴会からの需要が多く、おきんは芸者上りのヤトナ数人と連絡をとり、派出させて仲介の分をはねると相当な儲けになり、今では電話の一本も・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・それからビールや酒や料理が廻って、普通の宴会になった。非常な盛会だ――誰しもこう思わずにはいられなかっただろう。 十一時近くなって、散会になった。後に残ったのは笹川と六人の彼の友だちと、それに会社員の若い法学士とであった。そして会計もす・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・過般も宴会の席で頓狂な雛妓めが、あなたのお頭顱とかけてお恰好の紅絹と解きますよ、というから、その心はと聞いたら、地が透いて赤く見えますと云って笑い転げたが、そう云われたッて腹も立てないような年になって、こんなことを云い出しちゃあ可笑いが、難・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
出典:青空文庫