・・・そこで彼は敵打の一行が熊本の城下を離れた夜、とうとう一封の書を家に遺して、彼等の後を慕うべく、双親にも告げず家出をした。 彼は国境を離れると、すぐに一行に追いついた。一行はその時、ある山駅の茶店に足を休めていた。左近はまず甚太夫の前へ手・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・のみならず家附の細君は去年の夏とかに男を拵えて家出したことも耳にしていた。「魚のこともHさんはわたしよりはずっと詳しいんです。」「へええ、Hはそんなに学者かね。僕はまた知っているのは剣術ばかりかと思っていた。」 HはMにこう言わ・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・三人の兄弟で、仁右衛門と申しますあの鼻は、一番の惣領、二番目があとを取ります筈の処、これは厭じゃと家出をして坊さんになりました。 そこで三蔵と申しまする、末が家へ坐りましたが、街道一の家繁昌、どういたして早やただの三蔵じゃあございません・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・夫人 先生、――私は家出をいたしました。余所の家内でございます。連戻されるほどでしたら、どこの隅にも入れましょうが、このままでは身の置処がありません。――溝川に死ちた鯉の、あの浅ましさを見ますにつけ、死んだ身体の醜さは、こうなるものと存・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・ 最近の新聞紙は、三山博士の子供が三人共家出をして苦しんでいるという事実を伝えている。その記事に依ると、本当の母親は小さいうちに死んでしまって、継母の手に育ったという。博士は三人の子供が三人共学問が嫌いで、性質が悪くて家出をしたように云・・・ 小川未明 「愛に就ての問題」
・・・即ち家出をした女を、殊に、知識階級の家庭に沢山見たのである。 このことは、女の自覚とも見らるれば、また、一面から観察して、無自覚とも見られたのである。女は、永久に、男の奴隷たるに甘んぜずとする点は、たしかに、女の自覚を意味し、反抗をも意・・・ 小川未明 「婦人の過去と将来の予期」
・・・毎日就職口を探して歩いたが、家出した男を雇ってくれるところもなかった。月給袋のなかの金が唯一の所持金だったが、だんだんにそれもなくなって行った。半分は捨鉢な気持で新聞広告で見た霞町のガレーヂへ行き、円タク助手に雇われた。ここでは学歴なども訊・・・ 織田作之助 「雨」
・・・暮しが続いた恵まれぬ将棋指しとしての荒い修業時代、暮しの苦しさにたまりかねた細君が、阿呆のように将棋一筋の道にしがみついて米一合の銭も稼ごうとせぬ亭主の坂田に、愛想をつかし、三人のひもじい子供を連れて家出をし、うろうろ死に場所を探してさまよ・・・ 織田作之助 「勝負師」
・・・ やがてその部屋を出てゆく時、安子は皆が大騒ぎをしていることって、たったあれだけのことか、なんだつまらないと思ったが、しかし翌日、安子は荒木に誘われるままに家出して、熱海の宿にかくれた。もっと知りたいという好奇心の強さと、父親の鼻を明か・・・ 織田作之助 「妖婦」
・・・おげんが年若な伜の利発さに望みをかけ、温順しいお新の成長をも楽みにして、あの二人の子によって旦那の不品行を忘れよう忘れようとつとめるように成ったのも、あの再度の家出をあきらめた頃からであった。 そこまで思いつづけて行くと、おげんは独りで・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
出典:青空文庫