・・・ 翌朝、村へ帰ると親爺は逃げおくれて、家畜小屋の前で死骸となっていた。胸から背にまでぐさりと銃剣を突きさされていた。動物が巣にいる幼い子供を可愛がるように、家畜を可愛がっていたあの温しい眼は、今は、白く、何かを睨みつけるように見開れて動・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・重役はこの山間に閉めこまれた、温順な家畜を利用することを忘れなかった。ほかで儲からなくなったその分を、この山間に孤立した鉱山から浮すことを考えた。 坑夫の門鑑出入がやかましいのは、Mの狡猾な政策から来ていた。 しかし、いくらやかまし・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・ 家の家畜小舎には、サーツバシとパングリと云う二匹の牝牛がいました。彼等は、唯の一度も、自分達の名が娘の唇から呼ばれるのを聞いた事はありませんでした。が、彼等はスバーの跫音を覚えていました。言葉にこそ云わないけれども、彼女は、いかにも可・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・近ごろ見た漫画の中に登場した一匹の犬などは実によく犬という愛すべき家畜の特性を描象してほとんど「犬自体」を映出していると思われた。もう一つの漫画の長所は、音楽との対位法的モンタージュを行なう場合における視像のエキスプレッションが自由自在であ・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・これは打ち捨てておいては危険だと思われたので、すぐに近所の家畜病院へ連れて行かせた。胎児がまだ残っているらしいから手術をして、そしてしばらく入院させたほうがいいという事であった。 十日ばかりの入院中を毎日のようにかわるがわる子供らが見舞・・・ 寺田寅彦 「子猫」
・・・尤もこれは結果から見ると鼠を捕えたりするときに必要な運動の敏活さを修練するに有効かもしれない。家畜の糞を丸めてボールを作り転がし歩く黄金虫がある。あれは生活の資料を運搬する労働ではあろうがとにかく人間から見ると一種の球技である。 オット・・・ 寺田寅彦 「ゴルフ随行記」
・・・……普通選挙を主張している友人に、なぜ家畜にも同じ権利を認めないかと聞いて怒りを買った事もあった。 今鋏のさきから飛び出す昆虫の群れをながめていた瞬間に、突然ある一つの考えが脳裏にひらめいた。それは別段に珍しい考えでもなかったが、その時・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
・・・人間の死や家畜の死にはあまりに多くの前奏がある。本文なしの跋だけは考えられないようなものである。 子供らも身動き一つしないで真剣になって見つめていた。こういう事がらを幼少なものの柔らかな頭に焼きつけるという事の利害を世の教育家に聞いてみ・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・不思議な事には追懐の国におけるこれらの家畜は人間と少しも変わらないものになってしまっている。口もきけば物もいう。こちらの心もそのままによく通ずる。そうして死んだ人間の追憶には美しさの中にも何かしら多少の苦みを伴なわない事はまれであるのに、こ・・・ 寺田寅彦 「備忘録」
・・・又云いました。「なるほど実にビジテリアン諸氏の動物に対する同情は大きなものであります。も少し言辞に気をつけて申し上げます。ええ、犬はそれを食べます。ぐんぐん喰べます。お判りですか。又家畜を去勢します。則ち生殖に対する焦燥や何かの為に費さ・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
出典:青空文庫