・・・ それから、妻と主人とお袋とで詳しい勘定をして、僕の宿料やら、井筒屋へ渡す分やらを取って行くと、吉弥のだらしなく使ったそとの借金ぐらいはなお払えるほど残った。しかし、それも僕のうなぎ屋なぞへ払う分にまわった。「お客さんの分まで払うの・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・なぜと云うに、宿料、朝食代、給仕の賃銀なんぞの外に、いろいろな筆数が附いている。町の掃除人の妻にやった心附け、潜水夫にやった酒手、私立探偵事務所の費用なんぞである。 引き越したホテルはベルリン市のまるであべこべの方角にある。宿帳へは偽名・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・下宿は東京で云えばまず深川だね。橋向うの場末さ。下宿料が安いからかかる不景気なところにしばらく――じゃない、つまり在英中は始終蟄息しているのだ。その代り下町へは滅多に出ない。一週に一二度出るばかりだ。出るとなると厄介だ。まず「ケニントン」と・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・五十日分の宿料を払って、会話辞書を買っては、君の貰った月給は皆無くなって、煙草もやたらには呑まれぬわけだと思ったからである。 ―――――――――――― 私はF君の徼幸者の一面があると思っていたので、最初から君と交わる・・・ 森鴎外 「二人の友」
・・・どうぞ此のタワシをお買い下さいませ。宿料を一晩に三十八銭もとられますので、それだけ戴けないとどうすることも出来ません。どうぞ一つこれをお買いなすって下さいませ。」 彼はその十銭の金を老婆の乾いた手に握らせて外へ出て行った。彼は青い丘の草・・・ 横光利一 「街の底」
出典:青空文庫