・・・森ちゃんは高円寺の、叔母の家に寄寓。会社から帰ると、女中がわりに立ち働く。 鶴の姉は、三鷹の小さい肉屋に嫁いでいる。あそこの家の二階が二間。 鶴はその日、森ちゃんを吉祥寺駅まで送って、森ちゃんには高円寺行きの切符を、自分は三鷹行きの・・・ 太宰治 「犯人」
・・・露地を入って右側の五軒長屋の二軒目、そこが阿久の家で、即ち私の寄寓する家である。阿久はもと下谷の芸者で、廃めてから私の世話になって二年の後、型ばかりの式を行って内縁の妻となったのである。右隣りが電話のボタンを拵える職人、左隣がブリキ職。ブリ・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・しかも、これらは、いずれも馬籠の父の家と親類にあたる家か、さもなければ先輩・知人の家で、少年藤村は謂わば寄寓の身の上であった。「生い立ちの記」をよんで見ると、国を出る迄末息子としての藤村が、お牧という専属の下女にかしずかれ、情愛の深い太助爺・・・ 宮本百合子 「藤村の文学にうつる自然」
出典:青空文庫