・・・一体どこへお出でになる御心算か知りませんが、この船がゾイリアの港へ寄港するのは、余程前からの慣例ですぜ。」 僕は当惑した。考えて見ると、何のためにこの船に乗っているのか、それさえもわからない。まして、ゾイリアなどと云う名前は、未嘗、一度・・・ 芥川竜之介 「MENSURA ZOILI」
・・・ この南東を海に面して定期船の寄港地となっている村の風物雰囲気は、最近壺井栄氏の「暦」「風車」などにさながらにかかれているところであるが、瀬戸内海のうちの同じ島でも、私の村はそのうちの更に内海と称せられる湖水のような湾のなかにあるので、・・・ 黒島伝治 「短命長命」
・・・また同じ島に滞在中のある夜琉球人の漁船が寄港したので岸の上から大声をあげて呼びかけたら、なんと思ったかあわてて纜をといて逃げうせ、それっきり帰って来なかったそうである。カラフトでは向こうの高みから熊に「どなられて」青くなって逃げだしたことも・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
・・・だが、その島も、船が寄港しない島に限るのであった。船がつくと、どんな島でも、資本主義にその生命を枯らされていることが暴露されるからであった。 燈台が一つより外無い島、そして燈台守以外には、一人の人間も居ない島、そんな島が幾つも浮んでいた・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
出典:青空文庫